ずうずうしいおきゃくさん

この作品はツイッターで交流してるまに之介@manimani7575さんが考えたプロットを元にginaが書いたお話です。(プロット使用はまにさん許可済です)

元になったプロット及びやり取りは、【こちら】から始まるツイートのツリーにあります

まにさんは発想が豊かで妄想もすっごく面白いから小説書けばいいのにって、2年くらい言い続けてるけど一切書いてくれません。いつか書いてくれますように。

そういう訳で、普段ginaが絶対絶対絶対書かない平和で可愛いお話が出来上がりました。まに之介さん、とても楽しかったです。ありがとうございました!













「ずうずうしいおきゃくさん」


 腕組みして見下ろして、改めて思う。

──うん。図々しい。

 俺の寝床を占拠して高いびきをかくのは、初めて来た家でたらふく飯を食った後、断りもなく寝入った大男。足の先も手の先も、普通サイズの布団から盛大にはみ出している。
 
 真黒な髪は艶はあるけどグッシャグシャで、耳とうなじがしっかり隠れる程長い。ガッシリした身体も相まって、いかにも肉体労働者の風情だ。

「……三十いってる? いってないか……?」

 若くは無いがオッサンでもない年齢不詳。完全に俺を知り合いと勘違いして、勝手な思い出話の中で相当量の個人情報を明かしたバカ男でもある。好みでなければ秒で叩き出したところだが。

──うん……やっぱだいぶ好み。

 そう、俺、茅原宗史郎(かやはらそうしろう)はゲイです。恋人ずっと募集中。
 
 それはさておきどうしたものか。この人には奥さんも子どももいるらしいから、警察に突き出すってのもあんまり冷たい。それにそうするなら、庭先にフラっと現れた時にすべきだし。

 盛大にギュルギュル鳴った腹の音に同情して(嘘じゃないって、同情心100パーだよ)家に招き入れ、残りものとはいえ飯を出して、ガツガツ食う姿にときめいて、追加で卵焼きを作っている間に寝られてしまったなんて、警察に事情を話すにも微妙すぎる。

──ま、仕事行くか。

 簡単な手紙を書いてラップを掛けた卵焼きの傍に置き、誰も居ないのに左右を見てからそうっと男の髪に触って鼻を近づけて、匂いを嗅いでみた。
 え? 別に責められる程のことじゃないよな。飯代の代わりだよ。

 触れるくらいの位置からすうと吸いこむと、思った通り、お日様と同じ匂いがする。

『久しぶり……! 元気にしてたか?』

 庭から俺にそう告げた、晴れやかな笑顔と並んだ白い歯そのままの印象だ。
 奴が現れたその時、何故か雑草だらけで雑然と夜の色に沈んでいたその場所が、祖父が生きていた頃の懐かしい、手入れの行き届いた日本庭園に見えた。
 カラカラに乾いた地面から、何本ものヒマワリが背を伸ばして咲いた夏の日の。
 その太い根元をくるくる回って、大きな黒猫が遊んでいる。

──俺、寂しいのかな……。

 この家では、猫なんて飼ってなかった。
 あれは夢で、男も幻で。本当は実在しないのかも。

 白々した倉庫の中で慣れた作業をする間、俺はそんなことを考えた。


++


 朝になり、仕事を終えて戻ると男は消えていた。
 だけど、卵焼きも消えていた。
 お皿も箸も剥いだラップも、俺が書いた手紙さえも置きっ放しの状態だ。現実だったのかと思いつつ、ちょっとムッとする。

「礼儀がなってねえよ……」

 吐き捨てて流しに乱暴に食器をガシャンと置いて、冷蔵庫からビールを出してカシュッと開けて、ぐびっと一口。

「……疲れた」

 期待した爽快感が得られず呟くと、ふくらはぎにドンと何かがぶつかった。仰天して見れば──猫だ。
 どこから入り込んだのか。黒い身体に金色のデカ目の猫が、俺の足に頭突きを何度も繰り出している。とっさに縁側を見たけれど、ガラス戸の立てつけは悪くとも、こんな猫が入れるほどの余地は無い。

──どこから……。

 猫をまじまじ見る。でかい。一体いつから……。

「存分に撫でろ。飯の礼だ」

──え。

 ぐるりと見回す。誰もいない。

「嘘……え、猫しゃべった……? 今?」
「匂いフェチなら、匂い嗅いでもいいし」
「……、何で匂いフェチって……」

 ギクリと硬直した隙をつかれ、膝に猫が乗って来る。太股にズッシリこたえる重量級の猫だ。太い尻尾で頬をピシャリと叩かれて、そのふわふわもふもふ柔らかな感触に誘われて、ナデナデする。

「……おお」
 
 なんというか、これは。

「……はあ~~~……」

 癒しだ。他の表現も言葉も使えないし出て来ない。まごうことなき、ザ・癒し。
 俺は毛を盛大に吸いこむのもいとわず、肉厚の身体にボフンと顔を埋め、腹のちょっと他の場所より毛が柔らかなところに指を潜らせる。仕訳と荷運びで疲れた手の筋から力が抜けて、うっかり逆の手に持ったままだったビールを落としそうになった。

「はは……迷い男の次は、迷い猫かあ……っう、……クシュン!」

 さすがに鼻がむずむずして、俺は何度もクシャミをした。
 ネコがティッシュをくわえて来て、ひらりと落としてくれる。

「まさかお前、ネコアレルギーか」
「や……違う違う、抜け毛吸っちゃっただけ」
「そうか、紛らわしい真似をして心配させるな」
「あ、ごめんなさい……?」

 まさかの、ネコに叱られた。
 変な日だ。変な日だけど。

──楽しい。

 思えば祖父が死んでから、この広い家で一人で、毎日同じことの繰り返しだった。楽しみと言えば仕事明けのビールぐらいのもんで。夜勤と明けを繰り返す倉庫作業が仕事では友達と時間が合わず、恋愛しようにも顔を突き合わせるのは作業を指示するタブレットだけだった。

「……ありがとな、ネコチャン」

 満足して猫の頭をぽんぽんして立ち上がる。苛々はもうどこにもない。ネコチャンがくれた癒しの波動で、男が使った食器を洗う気力も湧いたってもん……。

「もう終わりか?」

 皿を持ってスポンジを当てたその時、耳元でいい声がした。ネコチャンの毛が首筋に触れて、ネコちゃんのひなたの匂いがすぐそこに……ではない。
 この匂いは。

「お、おおお?」

 後ろから、帰った筈の大男が俺のことを抱き込むようにしていた。

「他にしたいことがあるよな、宗史郎。俺はある」
「え、え、え……」

 帰ったんじゃ、てゆうか名前、名乗ったっけ? 

 慌てる俺を男は担ぎ上げる。そのままノシノシベッドに運んで、その見た目からは想像できない優しい手つきで下ろし。

 俺の顔の両側に太い腕をつき、

「卵焼き、美味かったぞ……」

 渋い声で、語りかけてきた。

「……宗史郎は立派な大人になった。あ、申し遅れましたが俺は本業は化けネコで、宗史郎が物ごころつく前に宗史郎のじいちゃんが呼んだ神主に、ここに憑いてたタチが悪いのと一緒に祓われちゃったんだ……で、長年彷徨って家族作ったりもしたけどそれは普通のネコだから死んじゃって……それでもう一回俺の家を探すぞって本気出したらここ見つかって、宗史郎に会えた喜びで人になってた……新たな能力得た……」
「は、は、は? 情報量多すぎなんだけど?」
「だからまだ不安定で、制御できないところもあるわけだ……つまり……急ぐぞ!」

 男はにこにこ顔で俺の服をスルスル剥いていく。吸いこまれそうな瞳は金色で、蘇った「本業は化けネコ」の言葉にはっとした時には、最後の砦(パンツのことな)のゴムにもごつい指がひっかけられていた。

「大人になった宗史郎、俺と夫婦になってくれ!」

──……めおと。

──……めおとって?

──いやいやいやいやっ!!

 そういう展開は望んでなかった! いや、望んでたかもだけど! 

 叫びながら腕を突っぱねて拒否るけど、男は「まずは先日助けて頂いたお礼から……」と俺のチンチンをぺろりと舐めた。

「先日って……昨日の夜じゃん! アッ、そんなとこまで舐めっ……汚っ、あ、嘘っ、!」
「これは、今朝なでなでして下さった分でございます」
「なんだよその言葉遣い、……化け猫に寄せる必要ある……ン、あんっ!
舐めるのうまい!」
「そしてこれは、これからお世話になる分で……猫仕様ですとご迷惑をお掛けしますので、全力で人間仕様を保ちます」
「ひ、あ、っあうっ……おっきい……、あ、」

──あああああーーー……っ!

 良い声で囁かれながら、俺は卵焼きよりも美味しく綺麗にいただかれてしまった。


++


「なあ……なんて名前……? ネコチャン」

 エッチを終えるなりパワー切れで、男は猫に戻ってしまった。

「俺の名はヤマトだ」
「え、それ商標大丈夫……別に大丈夫か。な、ヤマト……お前、これからここで暮らす気なの」
「暮らすも何も、前から俺の家だし。帰って来ただけニャンよ」
「……突然語尾に猫っぽさ出すんじゃねえ……」

 初体験の余韻が気だるくてため息をつくと、

「ひょっとして……宗史郎……迷惑か?」

 金色の瞳に、真剣な調子で尋ねられた。
 俺は大慌てで首を振る。嘘みたいな話だけど、癒しとイケメンのコンボを断る理由なんかひとつも無い。

「ううん、嬉しいよ。今度は卵焼き、一緒に食べような」
 
 もう日が高い。今日は一日休みだから、ひと眠りして涼しくなったら庭の草むしりから始めようか。

 黒い頭をよしよししてやると、ヤマトはニャーンと猫らしく、ひと声鳴いた。

 

 




おしまい

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