6話 死後初の♡

「ありがとうトモ……俺はトモの全てが好きだけど、匂いはとりわけ好きなんだ……桃のパフェに顔突っこんでるみたいな気分になる」

  呟く声も、髪をくぐって首に降りるその指の感触も全然知らない。
  奏多の声はもっと綺麗だったし、指先はもっと長くて繊細だった。

 だけど触れ方は、よく知っている。

(敢えて呟きの内容がキモい事には触れんとくよ)

「匂い嗅ぐのはええけど……変なとこ触んなや」
「はーい♡」

 スンスン、鼻が鳴る音を僕は聞く。前もよくこうやって、抱っこ状態で匂いを嗅がせてやってたなって思い出しながら。

 こいつは奏多だ──オッサンの身体を貰って生まれ変わった奏多。
 実は大嘘かもしれないけど、何か種があるのかもしれないけど、僕がそう信じたのだから、そう信じさせるだけのもの持っていたのだから、そうなんだ。

 ほら、僕にも見えてきた。皆が号泣する火葬場の煙突から、奏多の魂が僕の名前を呼びながら青い空に昇って行って、神様に迎えられるのが……。

──ハッ。

 あかん、あまりの心地よさに寝落ちしとった。

 こっちの奏多が前の奏多に唯一勝てるところを発見した。それは、この弾力感がある腹周り及び骨格が感じられないもっちりボディだ。温かくてくっついていると妙な安心感がある。きちんと風呂に入って清潔を保ち衣服に包まれている限り、それはほとんど抱き枕。そんなことを考えているとまた心地いい眠気がやって来て──。

「とも♪ とも♪ とも♪ やさしいともがうれしいな♪」

 生憎キモ歌がうるさくて寝られなかった。

──ん?

「……あ! 変なところ触るなって言ったやろ!」

 セーターの下に潜り込んでいるのはやたらとあったかい手。それがもそもそと腰のあたりを徘徊して背中に回る。

「やめろや! こしょばいやろ!」
「トモ細いなあ……この手で触ると余計そう感じる。寒さ厳しき折、俺のお肉分けてあげたいよ」
「あ、アホか! 絶対そんな脂身が多そうな肉はいら、んッ♡」
 
 あ、しもた! 最後の一文字普通に喘いでもうた。

──気付いた……? 気付いてない……?

 こそっと見上げると、目尻が下がり気味の三白眼が見つめ返してきた。「顔も悪くない」沖田の話が蘇って、まじまじ眺めてみた。自然に整えられた男らしい眉。綺麗な形の鼻。常に笑っている形の口に、フェイスラインをごまかす長めの髪も見事。

 確かに美形では無い、美形では無いけど、不思議なバランスを保った「良い顔」だ。例えるなら、休みの日に子供をキャンプに連れて行って、ダッチオーブン使用の豪快男料理を美人妻に振舞いかねない風情。さすが奏多がプロデュースしただけのことはある。

──トータルで……アリ……。

 まずい。面食いなのに、これはこれでいいと思ってしまった。あれだけ触るなキモい触ったら追い出すと息巻いていたくせに、普通にときめいているじゃないか。変な沖田のお陰でオッサン=奏多を認められたとはいえ、手のひら返しが過ぎるだろう。

 それに大問題として、現在の奏多の体は僕にとっては知らない男の身体なわけだ。だからエッチに伴うあれこれが、出来るかどうかというよりも、普通に猛烈に恥ずかしい。

「……そ、そろそろゲームやな! 奏多、その、それ、とりあえず一回抜いてこいや」

 尻の下で主張する勃起チンコの感触を急に生々しく感じてそーっと離れようと試みる。
 しかしその倍の力でぎゅーっと逆側に力を込められた。

──ウッ……動かん……。

 暑いと言いながら押し返すけれど、弾力感のある肉に力を吸収されてどうにも逃れられない。ウンウンもがく間に、奏多がエアコンをぴっと切った。

「は、何で切るねん……! 凍え死ぬやろ? アホちゃう、アホバカなんちゃう?」
「暑いって言うからじゃないか……そうだ。俺はトモのこと最初から好きだったけどさ、あ、これもう一生俺この子のこと好きだなって思った瞬間があったって話、した?」
「は? 知るか……はよ抜いて来いや変態!」

 それそれ、と奏多はニコっと笑い、おもむろに僕のセーターを脱がせかける。抵抗はするけど、衣食住足りた上清掃バイトで鍛えている男にはたとえ46歳であってもチビッコの僕は敵わない。腕の中でぐるぐる回転させられているうちにあっという間にパンイチだ。

「さ、さむっ……」
「トモの裸だ、トモの裸……ッ!」
「キッショ! 追い出すぞ……調子乗んなや……ボケ、あほ……あ♡ やめ、あ♡」
「それ! それがかわいい!」

──クソ! くそ! それってどれやねん!

 後ろから回って来た指に両方の乳首がつままれて、ぐりぐりこね回される。奏多の死と同時に死に絶えた僕の性欲がたたき起こされ、痛痒さにたちまち足の指先がぴくぴく震えた。この奏多はエロも完コピ。じんわりパンツに染みた先走りはすかさず見つかって、布ごしに中途半端にこすられた。

 直に触って欲しいだろ? ってオッサンみたいなことオッサン声で言うな!

「あはは、カワイ……乳首弱かったもんな~って俺が開発して弱くしたんだけど!」
「お、追い出すって言ってる、やろ、それ以上、した、ら、ころす、から、あ……」

 効き目があるはずの脅し文句も、何故だかさっぱり効き目がない。そんな気が無いことを見透かされているんだろうか。

 こっちを向いた真っ暗なテレビ画面には、後ろから羽交い絞めにされて乳首やらパンツの中をいじられまくっている僕が映っている。苦悶の表情の僕に対して奏多はこれ以上ないくらいのニタニタ顔。歳の差26歳、その倒錯感に満ちた絵面のヒドさたるや。客観的に、強姦。

「あん、もういっかい死んで石ころに生まれ変われば、ええ、ね……ンッ♡ ドブに捨ててきたる、からあ……♡」
「最高……! 罵り喘ぎ最高だよトモ……! こんなんトモしかできへん! ぞくぞくすんねん♡」
「クソッ……イントネーション0点やし……あっ……あ、も、パンツ返せ、あ、」

──ああああーーーー…………。

 結局僕はそのまま奏多の手と口でイかされてしまった。だけど後ろに挿れる時は妙に紳士的に「よろしいでしょうか」とお伺いを立てて来るものだから。

「……そうやな、10㎏痩せたら許可したるわ……もうちょっと絵面良くして」

 恥ずかしい思いをさせられた分、奏多を「悲しみの深淵」に突き落としてやった。

「分かった……うう、右手貸して……貸してください」
「しゃあないなあ」
 
 僕の手技に素直にうっとりする奏多は可愛かった。だから実際、エッチも出来ないことは無かったと思う。
 だって、僕は別にふんわりボディの奏多でも良かったから。奏多が僕を強く求めていることは愛撫のさなかに嫌ってくらい分かったから。

 でも敢えて、ここは心を鬼にする。

──メタボも高血圧も、病気の元やからね。 

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