ゼロナナ2

2xxx年。自活し過酷な生活を送る最中に大きく破壊されてしまったセクサロイドNO007は貧しいが優しいマスターにナナという名前を与えられ、新しい生活を始めていた。

メンテナンスの最中、ナナに過去の記憶が甦る。

※同シリーズ短編の続きですが、たぶん単体でも読めます。
原案east(@e_ast0206)様 イメージイラスト(R18 )

  老若織り混ざる招待客が集う純白の広間。その中心にアンドロイドNO:007-1U555 は背筋を伸ばして立っている。 ドーム状の天井から吊り下がるクリスタルの輝きが白く滑らかな頬に繊細な光を与え、彼への称賛は止むことが無い。

──実に素晴らしい。

──***卿の仰られようは少しも大袈裟ではありませんでしたな。これ程の美、入植地を果てまで巡ろうとも出逢えまい。

──貴族顔負けの気品を持つ彼がよもやセクサロイドだなどと、誰が思うでしょう。

  やや下卑た言葉にさえ鷹揚に頷く押し出しの良い壮年の紳士は、彼のかつての主人である。自らの所有物を褒めそやされる満足を隠すこと無く、目元を緩ませ傍らの彼を眺めている。

 そのしなやかな肉体を包む糸から誂えた銀色のスーツは彼の髪、肌、瞳の色を引き立てる額縁であり、美しい四肢を隠す鎧でもあった。持ち上がる脱衣の要望に、元主人が首を縦に振ることは無い。

──しかし美しい。卿、の顔面にモデルはあるのですか……?  HAPPYHANYのシリーズは特に容貌豊富でカスタマイズが主流とあれど、似たアンドロイドは見たことがない──

 その問いかけに、それは秘密だと元主人は彼の細い顎を撫でた。

──***は素体こそHAPPYHANYのそれだが、目鼻のバランスを始め眼球の素材から足の爪の形まで私のフルカスタマイズなのだよ。どこにも汎用パーツは使用していない──アンドロイドでありながら、唯一の存在と言うわけだ。

 そう告げると細い腰に手を回し、羨望の眼差しを向ける客人に中座を告げた。

──より生身の人間に近づくよう、有機パーツを通常の何倍も使用しているが故、メンテナンスが殊更厄介なのは困りものだがな……、

「行くぞ、***」元主人に促されて廊下に出た彼は、屋敷に常駐するアンドロイド修復技師の元に連れて行かれるものと考えた。しかし彼は披露目の宴の途中であることも理解していた為、セルフモニターに異常はなく、緊急のメンテナンスを要する状態では無いことを伝えるべきと判断した。

──旦那様、私の見立てでは……。

 けれど控えめな主張に戻ってきたのは含み笑いで、行き先は広間に隣接する控えの間の一室だった。宴のざわめきがかすかに届くその場所で、元主人は彼を手招きして地面を指す。

──***……、

 跪いて奉仕せよ。

 その端的な命令を受けた彼の回路は、状況及び指示者の様子──例えば目つきや体温の上昇から──最適な解を導き出す。両膝をついて スラックスの前たてに細い指を伸ばし、釦を一つ一つ外してゆく。光沢のあるシャツをくつろげたところで上を伺い見たのは、この行動が指令に沿っているか確認する為だ。けれど元主人はその仕草に扇情を煽られ、彼の髪をつかむと股間に押し付けた。

──後は手を使うな。

 彼は難なくその求めに応じ、口元、ほどよく尖った顎、有機合成物で造られた赤い舌を伸ばして性器を探り当てると、温かい排気を吹きかけながら先をくわえて含んだ。

──***……、素晴らしい舌使いだ。

 元主人の呼吸は乱れ、彼の頬は屹立の固さに押されて歪む。一般に流通するセクサロイドを遥かに越えた拡張機能を搭載している彼である。舌、並びの良い歯、内頬から喉の奥まで使って施す口淫は巧みだった。口内は通常時より湿り気を帯びるよう設定されている。出入りする艶かしい音も激しい吐息も、全てプログラミングによるものではあるが、元主人を十分満足させるに足るものだった。

──ああ、お前は本当に素晴らしい……神にでもなった気分だ……。

 恍惚とした声に、彼は体内の「幸福」ゲージが一つONになるのを感じた。与えられる命令を遂行することこそが幸福──それは用途を問わずアンドロイド共通なのだ。

(──少し、苦しい)

 とはいえ髪を強く掴まれ、想定より奥の器官を乱暴に突かれることにはダメージセンサーが苦痛の信号を送ってしまう。そのことがにわかに彼の冷たい表情を変化させ、眉の間を狭くした。

──苦しいか……? 

 質問には虚偽なく答えねばならないが、この場合はノーと答えるべきである。コアパーツの計算結果に従い答えると、元主人の扱いはさらに乱暴なものになった。彼は前後に激しく揺さぶられ、整えられた細い髪は別の生き物のように乱れて踊った。

──……お前が悪いのだよ***。美しく装って澄まし顔で客を淫らに挑発したな…… 何が一晩幾らで借用できるのですか、だ……許すわけが無いだろう……!

 口内から凶器のような昂りが引き抜かれると同時に、彼の顔面に白濁した体液が飛び散る。

(視覚センサーに体液が侵入した)

 何度か瞬きをして涙と共に入り込んだ異物を排出し、ふう、と濡れた唇から排気するなり無表情に戻った彼は、元主人に汚れた顔で謝罪を述べる。

──私の挙動でご不快にさせましたことを、心からお詫び申し上げます。視線の配分について、計算を修正致します。

 元主人はこのアンドロイドには改善の余地があると苦笑しながらポケットチーフで顔を拭ってやった。

──まあそんな所も良い……兎も角お前は私専用のセクサロイドだ……私が死ぬと同時に廃棄、いや私が死ぬ前に私の手で破壊してやろう。

 誰にも渡すつもりは無い──愛しているよ──***──。

 彼は任務失敗を記録し、幸福ゲージは静かに消灯した。

**

「ナナ……メモリのリフレッシュが終わったよ。キャッシュクリアでノイズは98%除去されたはずだけど……調子はどうだい」

 確かめるように首を左右に動かしたナナは、メンテナンス中に過去の記憶が甦ったことを現マスターである技師に告げた。

「名前や顔立ち等既に消去された部分を除き、あのように鮮明な映像と音声が戻ったのは初めてでした……その影響でやや処理が遅延しています」

 確かに、とデータを確認しながら技師はしきりに肩を揉んだ。ナナはその仕草を心配して彼の心拍、体温を密かにモニターし、特に疲れは無いと判断して無意識に吐息した。そして密かにスケジューリング機能に「仮」として刻んだ命令が下されることを期待した。

「ナナ、それは苦痛の記憶? あまり酷いようならメモリをリセットする手もあるけど、そうするとAIの学習分まで全て消えてしまうからな……どうする。リセットするか?」
 
 ナナはマスターの提案に迷わず首を振る。 

「その記憶は幸福なものですから、リセットは不要です。マスター」

 それなら良かった──微妙に含みのある笑顔を見せた技師が、無造作にまとめた髪と一緒に白衣を翻す。ナナはその裾を腕を伸ばして素早く掴むと、怪訝な顔の技師をじっと無表情で見上げる。

「何だいナナ……そんな目で見ないでくれよ」
「命令を、マスター」
「ああ……今は特に無いよ。また散らかったら掃除を頼むから」
「マスター、私が言うのは家事ロボットのような仕事のことではなく、本来の仕事のことです。私の拡張機能がFULLなのはご存じのはず……とても良い仕事が出来ます」

 途端に技師は目を逸らし、忘れてた、と大袈裟に声を張り上げた。

「そうだ! お屋敷の掃除ロボット……、一台挙動がおかしいと言われてたんだった! 見に行かなくちゃ!」

 これに驚いて、ナナも透明な声を張り上げた。

「そんな……! 今夜は何もないと仰っていらっしゃいました。だからもう予定を仮登録して……」
「忘れていたんだ。今夜は屋敷に泊まって明日の朝には戻る……ああ、朝食の準備は必要ない、ナナの料理は不味いから」
「当たり前です! 私はセクサロイ……」

 ナナが最後まで言う前に、技師は木の扉を開けてあたふた部屋を逃げるように出て行った。残されたナナの顔面は赤らみ、浮かぶのはヒトで言うところの困惑の表情だ。

 そのような表情をナナはかつてのマスターの元でも、ましてや妾館に居た時にも浮かべたことは無かったが、その事実にも不服げに尖った唇の動きにさえも、気づいていない。

(私は不幸だ……優しく良いマスターだと思ったのに)

 ナナはまた吐息して、この家に来てから18回目の仮スケジューリングを消去する。することが無い身の置き所もなく座り込み、突然去ってしまった技師の行動を理解しようと努めるが、良い結論を得られない。

(中古だから?)
(魅力が足りないから?)

 幸福を得られないナナの回路はいつまでもぐるぐると迷走を続けていた。

「ただいまナナ……おい、……なんだってそんな場所にいるんだ……?」

 翌朝、昨日から一歩も動いた様子の無いナナを蹴飛ばしかけて技師は驚いた。けれど場所より何よりさらに驚いたのは、ナナが浮かべていた表情だ。

「怒ってる……いや、不貞腐れているのか……?」

 感情の無いナナには技師が何を言っているのか分からない。ただ「意気地無しでごめんよ」の謝罪と共に抱き寄せられると、体表面の温度は急速に上昇した。

「お前の言うことはよく分かる。ただ俺は、ナナが居てくれるだけで嬉しくなってしまって。それ以上なんてとてもじゃないけど望めないだけなんだ」

 優しい大きな手のひらが、ナナの髪を解きほぐすように撫でている。

「わかるかい、無惨な姿を見たのもあるけど、大事過ぎて触れられないって気持ちが、人間にはあるんだよ……」
 
 聴覚センサーかどこかの動作がおかしいのかとナナは思った。それ程までに技師の言葉は理解不能で、ますます回路は混乱し、放熱が止まらない。

「ん? なんだか熱いぞ……ナナ、具合が悪いのか? 急いでメンテナンスしなくちゃ」
「いいえマスター、いいえ、セルフモニターは正常に稼働しております」

 ひたすら繰り返すナナだったが、技師の背中に回した手がすがり付くように白衣を掴んでしまうのも、口元を不格好に歪ませてしまうのも、制御することは出来ない。

 さらには幸福のゲージまで点灯し始めるものだから、やはりどこか不具合があるのかもしれない──そう考えながら、ナナは水色の瞳を閉じた。

──愛しているよ。

 何故か元主人に告げられた言葉が蘇り、技師の胸に預けた頬が、体の中で一番熱い。

END

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