kindleで本編配信中の「だって尾井の甥が可愛いから」の後日談です。
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──軽いノリ、軽いノリ……それから、──断られても、落ち込まない。
戒めを胸に、深呼吸一回。それから、しっかり目にノック二回して。
から、声掛け。
「……真麻、ちょっとい?」
「うん」
返事の間合いとトーンを聞いてから、ゆーっくり、扉を開ける。
この前「うん」の慌て具合を聞き逃し、漫画雑誌のグラビアページ閉じ終わる前に、開けてしまった凡ミスから学んだ。
年齢的に、女子の谷間見てるぐらいで丁度良いと思うんだけど、なんせお年頃だ。
あの時の真麻には反抗期の妹みたいな尖り具合は無かったけど、「もうちょっとゆっくり開けて欲しい」の「お願い」に、イライラ……じゃないな……お怒りでもない、なんかの感情が含まれてた。
「明日さ、俺、休みなんだよね、代休……だから──授業参観、行ってもいいかな?」
「え」
振り返った真麻はベッドじゃなく、デスクに居た。スッキリデザインでゆうゆう120㎝幅、モカブラウンのオーク素材……だったかな。真麻が小学校入るとき、尾井と三人でデカイ家具屋行って買ったヤツだ。
他にもたくさんあったのに、真麻はすぐにそれを選んだ。理由は分かってる。尾井が仕事部屋で使ってるのと、似た雰囲気と色だったからだ。6歳の真麻が、憧れの兄ちゃんの机に突進して「これ! これにする!」って言ったとき。
──可愛かったなあ……。
「参観、あるってなんで知ってんの」
はっ。
「あ、ゴミ箱にお知らせ捨ててあって……偶然見えた」
「……ああ……」
真麻と尾井は顔似てないけど、仕草とか視線とか、声の出し方が、妙に尾井に似てる。声変わりした後は、尚更だ。
これまで「カッコイイ兄ちゃんの真似してる可愛いチビッコ」だった真麻が、普通に「男子」から「男」になろうとしてる。
「……誰も来ないし、親来ても目立つのに、そうじが来たら、余計目立つから……」
来ないで。
まで言わないのが、変わらない真麻の優しさだなあ、と思う。思いつつ、やっぱりガッカリしてしまう。だって、俺にとっては、四歳の真麻も、五歳も、六歳も、すっ飛ばして今14歳の真麻も、全部、ずっと可愛いから。
最後に授業を受ける真麻を見たのは、小5の春だ。行事関係は小6の運動会で終了。
合唱コンクールも、作品展も、終わった後に知らされた。尾井と真麻は個人的に話をしてて、尾井はどれにも行ってなくて、西岡家の祖父母は全部行ってる。
羨ましい。超羨ましい。
「……そっか、分かった。ごめんな、邪魔して」
「別に、邪魔じゃないし……せっかく言ってくれたのに──……ゴメン」
俺は「いいのいいの、断られるだろうなって思ってたし」と強がりを言いつつ後ずさりして扉を閉め……10秒後に自分の部屋でシクシク泣いた。
10年、あれから、10年だ。
尾井と二人で(俺はあんま役に立たなかったけども)頑張って真麻の保護者になって(実際の保護者は尾井だけなんだけども)随分色んなことがあった。
尾井とあわや「お別れ」の危機あったし(俺ブラック企業からきらきらホワイト企業に転職したんだけど、例の先生の紹介だったから……分かるだろ、尾井、めちゃ怖かった。あの視線の温度、北海道最北端の流氷レベルだよ)、真麻に俺と尾井の仲がバレそうになったこともあったし(先生の一件で尾井の束縛激しくなりすぎて)、住んでたマンションから尾井家に追い出されかけたし(有紗さん通してコッソリ監護人になってたことバレた)。
でも、その全部の危機を救ってくれたのは真麻だった。
ブチ切れした尾井に殴られそうになってた俺の代わりに、殴られて吹っ飛んでくれた。
ブチ切れした尾井(兄)に「お前誰だよ、ホモの寄生虫か」って罵られてた俺に「そういうの古いと思います。血縁上のお父さん」ってワカサギ釣れる湖の水(※イメージね)頭からぶっかけて黙らせてくれた。
つまり、あの時俺の心臓をぶち抜いた一言「まもう!」の言葉通り、マジで守られてる。
けど、可愛がらせては貰えなくなっちゃって、それがなんとも切ない。
抱っこが無理なのはわかるよ。31のオッサンに抱っこされたい中二なんかいないよな。
でも、どんなふうに授業受けてんのかな、とか、スマホでメッセージ送り合ったりグループ通話してるのってどんな子達か見られないかな、って期待してたんだ。
真麻はたまに「日曜友達と遊び行くから帰り遅くなる」とか「これから大会まで部活の朝練一時間早くなる」とか事務連絡はガッツリしてくれるけど、その「友達」が誰でどんな子なのかとか(彼女? 彼女? すげえ聞きたい)「部活」の「大会」がいつどこであるのかは絶対教えてくれない。
だからせめて、せめてね。学校のお勉強風景ぐらいはね。見たいじゃん。
言う隙与えられなかったけど、遅れて行くつもりだったし、今まで通り親戚の叔父さん二号装うつもりだったし、終わる前に帰るつもりだったし。
「……そんで元気ねえの」
「うん」
くっだらね、って帰って来た尾井は「それPC? タブレットじゃなくて? ちっちゃ!」ってやつをぽいってソファに投げて「近所に出来てた」って茶色のデカイ紙袋を渡して来て──そこから小麦の香りがふわんと香った。見るまでも無い。絶対美味しいパンだ。
「あ、無かったんだった……助かる」
「いい加減子離れしろよ、そんで会社辞めろ」
「……どっちも、無理」
「は、可愛くて働き者の奥さんで俺幸せ」
厭味言われながらも、俺は尾井が脱いだジャケットを俺は自然と受け取ってしまってる。駄目だ、マジで「奥さん」ぽい。別に働かなくてもいいだけの収入がある主人が居るのに、「社会との繋がり」求めて働いてる奥さんぽい……。
違う違う、俺は水野蒼士という自立した男……は、恋人が嫌ってる男に、仕事紹介して貰わないよな。
「お帰り、兄ちゃん早いね。あ、そうじ、俺、飯の準備なんかやる」
「あ、さんきゅ……助かる」
「別に、当たり前だし。兄ちゃんが何もやらなすぎなんだよ。そうじもフツーに働いてんのに飯も掃除も全部そうじじゃん」
「……」
ジロと睨んだ尾井を、甥が睨み返す。やめてやめて。約3年ぐらい、ずーーーーっとちょっとした瞬間仲悪くなんのやめて。
あと真麻。そうじがそうじってややこしいし、10年経ったしそろそろちゃんと名前で呼んで。
「ですよね、すみません……でも今さら、何て呼べばいいか、分からなくて」
ああああ! それもっと止めて!! 他人行儀やめて!!
「水野さん、だろ」
「変な提案すんな……それお隣さんの呼び方じゃん……」
「部屋隣だしいいだろ。お前だってずっと俺の事苗字じゃねえか」
「……ホントだ、そうじは何で、兄ちゃんのこと名前で呼ばねえの?」
「な、他人行儀だよな、で、俺は何の手伝いすりゃいいの」
「まず「手伝う」ってのがおかしいんだよ兄ちゃん。俺ら家族じゃないけど助け合うって約束じゃん」
「……仰る通り。俺の負け。で、何したらいいんだ? 可愛い可愛いまぁ君」
「その呼び方、やめて」
「はは、ごめんごめん」
一見和んだ。が、俺は和んでない。
名前で呼んでるだろ……。
知ってる癖に……クソ尾井……。
心臓バクバクさせながら睨むと、「オレ様に逆らうからだ」のニヤリ顔で、物理と心理の両面から見下された。
次、尾井が休みの日が怖い。
俺、多分有給取らされて殺される──どっかのオッシャレーなシティホテルの、デッカイベッドで。
俺が尾井を「りゅうせい」って呼ぶのは、主にそこだけだから。てゆうか、名前で呼ばないと、滅茶苦茶意地悪なセッ……(自重)。
「あ、唐揚げ! 唐揚げ!」
「お、やった。蒼の唐揚げマジウマだからな」
二人はそっくりな後ろ姿で(あ、俺、身長もう真麻に抜かれました)俺の究極のラクチンメニュー「一切手が汚れない! 3ステップ唐揚げ(From 主婦御用達雑誌ライス★ライフ)に大喜びしてる。俺がちょっと冷めちゃったから温めるって言うのに、無視してつまみ食いしてる。
仕方ないからオーブンの予熱は停止。千キャベツの水をきって──ふと、既視感を覚えた。
これは、俺が切ったキャベツだけど。
今、キッチンには炊き立てのご飯がよそわれた茶碗が三つある。
ひとつは小盛りの俺用。真麻が修学旅行で作ってくれた、超素晴らしい茶碗だ(多分)。
残りの二つは大盛りの、尾井と真麻用。これは、三人で行った旅先で、俺が選んだ波佐見焼だ。猫の絵なんだけど、これがなんとも北欧感漂うカッコ良さで、オシャレさんの尾井に「いいじゃん」って褒められたヤツだ。
それから、真っ黒の食洗器対応みそ汁椀三つ。これも旅先で皆で選んだ、職人の技が光る一品。具が大根としめじだけでも美味しそうに見えて、持ち心地も使い勝手もすごく良い。
大皿も、水野家特製漬物が盛られたシンプルな鉢も、揃いの取り分け皿も、箸も、全部旅先で買った。
10年掛けて選んで、揃えた。
「いただきます」
尾井と真麻は隣同士。
俺は真麻の前。
席順は変わらないけど、俺たちの10年間が、確かに今、この食卓にある。
「おい真麻、俺、明日行くからな」
尾井が、突然主語無しで言った。
「何に?」
「参観だよ、お前、捨てたろ」
「……いいよ、来なくて」
「嘘つけ、マジで来て欲しくない時はシュレッダーすんだろ。フワっと捨ててるときは来て下さい、だろ」
え?
え?
「え?」
「ぐ……偶然だし」
俺の情報入手元も確かにその「フワっと捨て」だけど。他をシュレッダーしてたのは、知らなかった。
道理で知らない間に、全部終わってた訳だ。
「ふうん? とにかく行くからな。監護者の使命として……蒼、明日代休っつってたろ。俺も休み取ったから行こうぜ」
「……う……行きたい、けど……」
よろしいでしょうか、の目でおそるおそる真麻を見る。
真麻は一瞬目を合わせ、しばらく考えた後頷いた。
「……いいよ……でも俺、知らねえからな。兄ちゃん二人とも来て、女子とか先生騒いでも」
「ん? 待て、どういう意味だ」
何やら二人がコソコソ話し合ってるけど、知らん。
俺、行ける。
真麻を、見に行け……。
「……蒼はラスト10分。俺は懇談出るから、その間ニワトリとウサギでも見といて」
「は? なんで?」
「インフル対策だ。流行してるらしいからな……お前もれなく毎年かかるだろ。ワクチンことごとく跳ねのける体質だろ」
そんなあ。
確かに全く効かねえけども。
「……はーい」
「兄ちゃん」
また、二人がコソコソ話始める。
何だよ、喧嘩したかと思えば突然仲良しでのけ者にしやがって。
なんだよそのちっちゃいロータッチ。
でも、いいや。
何でもいい。
俺は二人が好きだから、二人とも大好きだから、何でもいいんだ。
──ありがと。尾井と、甥。
(了)
<二人のコソコソ話が気になる方>
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【おまけの内緒話1】
「兄ちゃんいいのかよ。蒼士さん、女子にも人気あるけど担任に超気に入られてんだぜ。多分来た途端、シャツのボタン二個開けるぞ。俺らもあんな女のキモイ谷間見たくねえから」
「ああ? あのビッチ蒼狙ってんのか」
「狙ってる。マジで狙ってるから確実にする……だから俺、蒼士さんには来るなっつったんだ。付きまとわれたら困るだろ」
「……じゃあ、蒼は20分、廊下」
「10分、廊下、柱の影」
「良し」
(おしまい)
【おまけの内緒話2】
「兄ちゃん、俺明日、飯外で食って来てやろっか? 参観の日って部活ねえから、部のトモダチと……その中の過保護兄貴と。成人してっから遅くなってもダイジョーブ」
「真麻……お前、完璧な甥だな」
「だろ。ただ、蒼士さんのこと泣かすなよ。絶対泣かすなよ」
「分かった、誓う……で、何が欲しいんだ」
「……決まってんじゃん。蒼士さんとデートしたい」
「仕方ねえなあ……手出すなよ。出したら殺すからな」
「はーい」
(おしまい)