IFルート1 「バッドエンド・タハト編」
襲撃が起こらずタハトと結婚していたら……のifストーリーです。読者さんからの要望で書きました。
!暴力あり強姦ありのバッドエンドです。ご注意下さい!
結婚したくない。
誰か──誰か僕を助けて。
神様、神様、神様……。
「イ・ソカ・ケァ・メヅゥ・ソカ・ケァ・ライケ・ライケ……」
暗闇の中、木組みがぼんやり浮かぶ天井を見つめながら唱える。いつもなら不思議と心が落ち着く言葉だけど、いくら呟いても体じゅうに大雨が降っている。僕は声を上げずに泣きながら、いつしか眠りに落ちた。何の夢も見ない。真っ暗な夜だった。
そして──僕の身体は僕のもの──そう思える、最後の夜が、明けた。
どうやら、僕とタハトの結婚が決まり、婚儀が今夜だと知った皆が一斉に押しかけて来たらしい。一体、誰にどうやって聞いて来たのだろう……そんなの分かり切ってる。族長の一家が派手に触れ回っているのだ。
昨日の晩は、青ざめて目を真っ赤にした僕をまるで無視して笑っていたくせに、本当は結婚を喜んで受けたのでないと、族長たちは気付いていたのだ。もしかしたら、夜通し見張られていたかもしれない。
──……逃げないように。
それにしても、僕の家なんかに来てどうするつもりなんだろう。
婚礼のある家は、祝福の言葉を受け取る代わりに「アテガイ」と呼ばれるお返しの品を渡すことになっているのだ。でも僕の家は貧しいから、来られても渡すものなんか──。
しつこく痛む脇腹と脚の切り傷に顔をしかめ、重たい扉を少し開けた。そして居間をそうっとのぞいて……驚いた。
タハトの屋敷の人が何人もいて、列を成す人々から「祈り」を受け取っては、綺麗な織布でくるまれた「アテガイ」を渡していたのだ。母さんは見覚えの無い綺麗な服を着て、これも初めて見たふわふわした敷物にゆったり座ってその様子をニコニコ見ていた。
呆然と立つ僕に気づいた母さんは、満面の笑みで、僕を手招きする。
「起きたのかい。さあさあ前に出ておいで。里じゅうの人がお祝いに駆けつけてくれてるよ!」
──……。
僕はのろのろ上着を羽織り、居間に出た。そして見よう見まねで祝福の言葉と引き換えに、ずっしり重い「アテガイ」の袋を渡した。中身を確かめれば、棒状の干し肉がどっさり、泡酒が一本、それから立派な干魚が丸ごと一匹入っている。確かに、これなら列を作ってもらいに来る価値がある。
決して、僕とタハトの結婚を、喜んでいなくても。
現に、里の女の子たちやその親から僕にかけられる祝福の祈りはおざなりで、アテガイを受け取るときも、奪い取るようにされた。鋭い竜性の強い爪が何度も引っかかって、アテガイがすっかり無くなる頃には、僕の手の甲は毒蟲が這ったように傷だらけになっていた。屋敷の人は同情して手当をしてくれたけど、そのぐらい我慢しろと母さんはにやりとした。
「……なにせあんたはあのタハトの初妻に選ばれたんだ。やっかみくらい当たり前だよ……名誉の負傷ってやつさ」
母さんは衣装作りで疲れたと、あくびをしながら伸びをして、奥に入るとほどなくいびきをかきはじめた。お屋敷の人たちはそんな母さんを微妙に蔑むように笑い、自分たちは一度屋敷に戻るけど、僕は家で待つようにと告げた。
「日が落ちる前に迎えに来ますからね……出歩いてこれ以上怪我をしてもいけませんし」
皆笑顔だったけど、目は笑っていなかった。
それは「逃げるな」の無言の圧だった。
僕は、居間にぽつんと座った。頭の中も、心の中も、この部屋と同じで何もなかった。ただ、飾り立てられた婚礼衣装と、縫い付けられた飾り物だけが異様に輝いていた。
──今夜……今夜……僕……。
いまだに信じられないし、信じたくない。受け入れられてもいない。
『孕むまで子種を注ぐ……裸にして……此処を開いて……』
──……っ!
タハトの仕草を、体臭を思い出してぞくりと震えた──その時だった。
「レーナ!」
鈴のような声が戸口で鳴った。ぴょこんと覗いたのは、ファティカの笑顔だ。
「ヴィアツァソーン! ヒゥフェリスィマーブーク!」
それは、今日何百回と聞かされた、お祝いの言葉だった。
でも、ファティカに言われると全然違って聞こえた。太陽の光を浴びたみたいに心が温まって明るくなって、傷ついたあちこちにじんと染みて……そして、切なかった。
『竜神とはじまりの乙女の口づけが、永遠に共にあるように』
僕が、ファティカにそう言ってあげられたらどんなに良かっただろう。
ファティカがタハトをずっと想い続けていたのをよく知ってる。「タハトは頼れる兄さんみたいな人、結婚なんて絶対ない」僕はそう言い続けてファティカを安心させてきた。なのに突然こんなことになったのだ。ほかの子と同じように怒ったって当然なのに。
──こんなふうに笑いかけてくれるなんて……。
「あ、りがとう……あの、本当に、急に……決まったことで……だから、」
どうすることも、できなくて。
何度も断ったんだけど。
僕の声はどんどん小さくなり、最後には鼻をすすり上げる羽目になった。
「ちょっとちょっと! レナ、何泣いてるのよ」
「……ご……」
ごめん、を言うのもはばかられ、「アテガイ」は配り終えてしまってもう無いのだと詫びると、そんなことはどうでもいいよとファティカはまた微笑んだ。
「乾杯しよ」綺麗な瓶を肩掛けから出して、僕の前にちらつかせる。
「とっておきの果実酒持ってきたの……」
「……ファティカ」
僕は何とも言えない気持ちで杯を二つ用意して、注がれたその一つを受け取った。
「かんぱーい!」
ほの甘い香りが鼻をつく。きっと本当にとっておきのお酒を持ってきてくれたのに違いない。
だけど。
──……え? ……何?
僕が、その果実酒を口にすることはできなかった。帰ったと思った屋敷の人たちがドカドカと入ってきたと思ったら、僕の手にあった杯を薙ぎ払い、ファティカの杯と、果実酒の瓶を奪い取ったのだ。
「キャッ……なによ! あんたたち……っ! 痛いっ! 放して! 放してよ!」
それだけじゃない、ファティカの腕を押さえて動けなくもした。
それはまるで、罪人を捕らえるようだった。
「な、何すんだよ……っ! ファティカを放せよ!」
僕の友達に酷いことをするなと本気で怒って訴えれば、僕ごと外に強引に連れ出される。そして男の一人が無表情に、チチチ、と鳴く小鳥に杯を掲げて呼び寄せる。小鳥は甘い匂いに誘われてちょんちょんと杯をつつき──少しもせぬ間にぽとりぽとりと地に墜ちて血を吐いて……絶命した。
「毒だ」
「え」
「こんなこともあろうと、タハト様は心配されていた。レナ様の命を狙う不届き者が出るかもしれぬと」
「……ぼ、僕……を」
殺そうとしたのか。
──ファティカ……が。
にわかに信じられなかった。だって、僕は初妻に選ばれたとはいえ男だ。子供はまずできないから、そうなれば他の女の妻を娶ることになるとタハトは言ってた。ファティカは間違いなくその候補に入った筈だ。だから、こんなことをして僕を殺そうとしなくたっていつかは……。
──……じゃ、ない……か。
そういうことじゃないや。僕に毒を飲ませて消そうとしたその行為に意味があるか無いか、そんなことは関係ない。
僕は単純に、唯一友達だと思っていた子に、憎まれ疎まれて、殺されかけていたのだ。
屋敷の人は呆然とする僕に、次の族長の婚約者を殺めようとした罪はとても重い、とだけ言って半狂乱で叫び続けるファティカを獣が引く車の荷台に乱暴に転がした。ファティカはいろんな言葉で僕をののしり続けていた。
「畜生、クソ野郎、嘘つき、男の腐ったような奴、死ね、死ね、死ね」
僕は何も言えず、舌打ちをした屋敷の人が「下品な女だ」とファティカを蹴って口に布を詰め込んで黙らせた。
そして、僕のことは別の車に乗せ、そのまま族長の家に連れて行った。
「レナ……ああ、よかった……恐ろしい思いをしたな」
顛末を聞かされたタハトは両手を開いて僕を出迎え、口も聞けず動けもしない僕を車から抱き下ろす。さすがに今日は仕事はしていないのか、汗臭くは無かった。
「もう、ここで儀式まで待っていような……支度するのにも都合がいいからな」
「……タハト……ファティカの、こと……なんだけど……」
僕は空っぽの胸からどうにか言葉を出して、無かったことにはできないだろうかと尋ねた。幸い僕はなんともないし、このことを知っているのはお屋敷の人だけだし。ファティカが僕を殺そうとしたことが悲しいかなんなのかもよく分からないけど、とにかく僕のことで罰を与えてほしくない。だって、僕はファティカの言った通りの人間だから。昨夜、実際死んではどうかと思いもしたし。
「……レナは、優しいな……」
だけど、タハトは僕のお願いを聞いてはくれなかった。そればかりか、結婚の儀式が終わる迄とかそういうことではなく、今後一切「ファティカ」の名を出すなと言った。
「いいか、これからお前は俺の名だけを呼べ。俺の名だけを覚えていれば充分だ。他はいらん」
いいな。念を押すように腰を抱かれ、右手で僕の頭をゆったりと撫で……左の手はこぶしの形で、僕の脇腹をぐっと押した。
「ッ……!」
再び痛めつけられた肋骨がミシリと音を立てる。僕は痛みで言葉を失い、その耳元でタハトがつぶやいた。
──鱗を剥ぎ、手足を落として、山に棄てる──
僕を害するものには、厳しい罰を与える。僕の手に傷をつけた者にも相応の報いを与える。
「俺はお前を守る」
主人として当たり前のことを自慢げに言うのもおかしいことだと豪快に笑ったタハトに、僕はつい笑みを返してしまった。それは当然「誰がどの口で言うのだ」という苦笑いだったのだけど、タハトにはそう見えなかったらしい。満足げに頷いて、僕を屋敷に招き入れた。
「さあ、レナ……今この時から、ここがお前の家だ」
そして僕は夜空で煌々と輝くアケハレの月の元で、タハトの妻になった。かの壁を前に繰り返される誓いと祈りの言葉がしつこくて耳障りだった。
それもさることながら、ことあるごとに鳴る鐘の音がとにかくやかましかった。耳を塞ぎたくて何度も腕が持ち上がりかけた。けれどずっと持たされたままの捧げものは手が痺れるくらいに重たくて……僕は、ただ立っているのがやっとだった。
──うるさい、うるさい、うるさい……。
早くこんな儀式は終わって欲しい。
でも、終わって欲しくない。
終わったら、終わってしまったら、酒宴があって……その後は……。
タハトは、純白の花嫁衣装に身を包んだ僕に、儀式の間中飽きることなく視線を這わせ続けていた。明らかに、性的な欲望を纏わせて。
その視線は最早、僕の髪を束ねる金の櫛を抜き去り、纏った衣装の布地さえも通り越しているようだった。
「では、我が一族の指輪を、レナに授ける」
とうとう、儀式の最後の次第になった。
タハトは跪き、僕の親指に竜の家紋が入った指輪をはめる。ずしりと指が重くなったこの瞬間、僕は族長一族の一員となったのだ。
「ああ……喜びで言葉が出ない……レナ、俺はお前に初めて出会ったその日から……お前に会うごとにいつもいつもこう思っていた。今、この瞬間が一番美しいと。しかし違っていた……会うたびにお前は美しくなり、今俺はまた婚礼姿のお前に見とれて……一番美しいと思い……そしてまた直ぐに撤回する羽目になる」
感極まった様子のタハトの喉仏が、大きく上下してごくりと鳴った。
そして酒宴が始まるや否や、タハトは酒の満ちた大きな杯を一気に空にして、立ち上がる。
「さあ、婚儀は終わりだ! ナジ・オド……皆、レナは俺の妻になった……俺のものになった……! これで失礼する!」
「まあタハトさん、まだ始まったばかりなのに」
タハトの母さんだけが一瞬諫めたけれど、タハトの意図をくみ取った男たちは「10年待ったのだから仕方あるまい」と朗らかにタハトの横暴を許した。
──もう……?
まだ少しは猶予がある──タハトに触られるまで、裸にされるまで、まだ少しは時間が──そんな僕の希望は、ファティカの命と同じくらい儚いものだった。
+++
大きな屋敷をぐるりと巡る回廊から、伸びた橋のようなものを渡った先に、僕とタハトの居はあった。
「どうだ、気に入ったか?」
それは一軒の家として独立して建っている。長冬の積雪に耐える三角屋根を持ち、屋敷と同じ黒壁の、立派なものだ。
昨日今日出来たように見えないし、だからといって何かに使われていた形跡もない。背中を押され腕を引っ張られながら中に押し込められた僕は、その家が、5年かけてタハト自身によって建てられたものだと知らされた。
「お前が十になった時だったか……どこかの阿呆がお前に悪さをしようとしたろう。その時から建て始めた。成人したら直ぐに結婚して、ここでお前を護ると決めた」
──5年、前……?
そんなことがあったろうか……思い返してみれば、確かにあった。春祭で、僕は何人かの酔った男に声を掛けられ、暗がりへ連れて行かれそうになったのだ。何の用かと分からず従いかけた僕の腕を引いたのがタハトだった。僕はタハトに随分叱られて、泣いて……菓子を買ってなだめてもらった。
あの時、どうしてあんなにタハトが怒ったのか、当時の僕は分からなくて、大きな菓子を齧りながらも不服に思っていた──でも今なら分かる。あの男たちが僕にしようとしていたことは、今からタハトが僕にしようとしていることと、きっと同じだった。
だから、怒った。
──……あのひとたち……って、どう、なったのかな……。
僕がチラと背後を見上げると、タハトははっとしたような顔をして、ぎゅうと僕を抱きしめてきた。
「レナ──……そうだ、下らぬおしゃべりなどしている暇は無い。俺も待ったが、お前にも待たせたのだからな……」
部屋の説明は後でする、タハトは僕をひょいと担ぎ上げ、広い空間の天井から長く垂れ下がった派手な柄の布を持ち上げた。その先の空間には、柔らかそうな布……いや、僕の家の掛布団を十枚も重ねたようなものが敷き詰められていて、今朝母さんが腰かけていたのと同じ、ふわふわとした獣の毛皮で覆われていた。
「俺たちが、これから愛し合う場所だ……レナ、お前はこれから日がなここで過ごし、俺の帰りを待っていろ……他には何もしなくていい。食事も湯あみの準備も、全て屋敷の者が準備する」
「え……僕、の、仕事は……?」
「無い」告げられると同時に、肩から花嫁衣裳が落とされた。
「え、あの……無いって、どういう……」
普通、妻というのは、主人の食事の世話をしたり、身支度をしたり、部屋の掃除をしたり、するものじゃないのか──。
「ああ、それならある。俺に抱かれ、俺の子を孕むことだ。それ以外は無い」
──……そんな。
ぎらぎらとした瞳に射抜かれて、僕は思わず目を逸らす。胸元を止めていた宝石の留め金が掴まれ、引きちぎられはじけ飛ぶのが見えた。ビリビリと、胸元を覆っていた布も裂かれてゆく。
せっかく母さんが飾り付けてくれた花嫁衣裳だったけど、あっという間にただの布切れになってしまった。
「……ああ、レナ……綺麗だ、なんてきれいなんだ」
すっかり露わになった上半身を、タハトは両手で包むようにして撫でおろした。そうして、僕の頬を両手でつつみ、顔を近づけ……カサカサになった唇に自らのそれをねっとりと重ねた。
自然と歯を食いしばっていたけれど、タハトの大きな牙が差し込まれれば、大きく口が開いてしまう。
「ンッ……んんっ」
タハトの生ぬるく分厚い舌が、僕の口内を舐め回す。手のひらで肌を撫でられるのとはまるで違う、別の生き物に侵入される生々しさと強い酒の臭いに、吐き気がこみあげた。
「あうっ……う」
内頬を、タハトの牙が引っ掻いた。傷ついたそこから血が広れば、タハトはその血もすする。痛い、怖い、気持ち悪い……涙ぐむ僕から、タハトは髪に差していた金の櫛を抜きとり遠くへ放り投げた。
「……っは……、」
唇は解かれたけど、僕の赤い髪がばさりと広がり視界を塞ぐ間に、ふわふわの上にうつぶせに倒された。背筋を這うように降りてゆく唇と舌は、乱暴に押し下げられた下履きが隠していた尻までも、ねぶるように舐めた。
「あ、……っ嫌、っ……いや!」
僕は、これから始まる初夜を酷く恐れていた、だけど、その恐れる気持ちさえも置き去りにするほど、タハトの方が焦っているようだった。
手脚をただばたばたと動かし、布の上で僕は必死で身もだえる。けれどタハトは、その抵抗に気付いていもいない。僕が纏っていた何もかもを、引き裂きながら取り去った。腰の飾り紐は解くのが面倒だったのか、彼が腰に差した飾り刀でぶちりと切った。
そして、僕の身に残されたのは、親指の重たい指輪と、細い首飾り……それから、足首と手の甲を覆う手当の布だけになった。
「……やっと……やっとだ……生まれたままのレナだ……かわいい、かわいい……」
部屋はふんわりと暖かいけれど、僕は恐ろしい程の寒気に襲われていた。丸裸にされ舐めまわされた僕は、小さく丸まりうずくまった。けれど、
「何してる」
タハトの低い声が、脅しの圧をかけてくる。
「こちらを向け……脚を開いて見せろ」
「……は、はずかし……よ」
それは、「気持ち悪い」に次いである、本音だった。僕の身体なんか、ガリガリに痩せて骨が浮いて、地味な鱗がぽつぽつとあるだけで──。
「あっ……!」
だけど、そんな僕の逡巡は、タハトを悦ばせだけだった。強靭な脚で腹を軽く蹴り上げ僕を仰向けにすると、両脚を掴み上げて、大きく開いた。
タハトの視線がつうと胸から臍へ、下腹部へ降りて……ふ、と鼻で笑われる。
「はは、まるで子供だ……レナ、お前の初さに、俺は頭がどうにかなりそうだ……」
タハトは僕の縮み上がった性器をつまみあげ、何の迷いもなく舌先で先端をこねるようにした。唇をつかって包皮を引っ張るようにするから「痛い」と言えば、一度そこを開放し、小さな壺を持ってきた。
「……さあ……可愛がってやるからな」
タハトはどろりとしたものをその入れ物から掬い取り、僕の性器に擦り付けた。びっくりして腰を引けば、強い力で押さえつけられる。
タハトは、僕の性器に、陰嚢に、そのどろどろしたもの絡めてやわらかく揉みしだくように馴染ませていった。
「や、何、っ……」
ガタガタ震える僕の唇を、タハトの分厚い唇がふさぐ。ぐちゃぐちゃと音を立てながら弄られるそこは不快でしかない。タハト自身の体臭が鼻をつき、密着する肌の汗はべたついて──。
やめて、いや、離して……僕は心の中で叫ぶ。けれど──その壺の膏薬は、だんだんと熱を帯びてくる。
僕の未熟なそこはタハトの手のひらと指で知らぬ形に変わり、勃ちあがりはじめた。それと同時に、腹の奥に甘やかな感覚が満ちていく。それは、むず痒いところを掻いたときの気持ち良さに似ているけど……少し違う。
「あ、っ……んっ、あ……ふ」
唇を解いて、タハトが問う。
「良くなってきたか? ……まだ始まったばかりだからな……これからもっと悦くなる……レナ、お前はこれに夢中になる……あの時、教えてやったろう? お前は信じなかったが……」
ぐちゅり、とタハトの親指が、尻の穴にもぐりこんだ。入口をくすぐるようにして抜き去ると、また、同じように先だけを入れる。
「やっ、止めろよ……! 気持ち悪い……っ」
我慢できずにタハトの身体を押すけれど、もちろんびくともしない。指を段々と深く差し入れ、執拗に抜き差しを繰り返した。
片方の手に握りしめられた僕の陰茎は、そのうごきに合わせて上下にゆっくりと擦られる。
「やだ、やだあ……っ!」
激しく首を振るけれど、タハトはそんな僕に黙れと言ったり脅しつけたりはしなかった。
ただ、一本だった指を二本にし、三本にし……奥へ、奥へと沈ませる。僕の狭かった穴はだんだんと、その指の太さに馴染んでいく。
そして、体内のある一点を指の腹で何度か擦られて──タハトに握られていたそこが、どくんと脈を打ったかと思うと、はじけたように何かをびしゃりと吐き出した。
──え……、何、今の、僕……が……。
「た、タハト……」
問うた瞬間、押し込まれていた三本の指が勢い良く引き抜かれた。その動きにさえも、また、僕は知らぬ液体を吐き出してしまった。粗相をしたのではない、と、思う、けど……。
──からだ……ヘン、……なに……?
僕は自分に何が起こったのか教えて欲しかった。でも、タハトは喉の奥で「グルル」と獣が吠えるような音を立てるだけで、答えない。鼻をつく臭いはいっそう強くなり、汗だけではない、煙たいような……雨の後の泥みたいな臭いに変わった。
「レ、な……ッ」
「……?」
タハトの声色も妙だ。ずっと瞑っていた目を開き、ほろほろと涙を流し終えた先に、タハトの瞳があるにはあるけど、形が変わってる。細い、中心が黄色の竜眼だ。タハトの竜眼を見たのは、初めてだ。
僕はまた、ぞくりと背筋を震わせた。この生き物は怖い。危険な獣──本能が僕に「逃げろ」と告げている。
だけど──、
「れ、な……っ俺の、子を……」
越布を取り払ったタハトに、そそり立った赤黒い陰茎を見せつけられた途端……僕の頭は「諦めろ」と言った。
逃げられない。
無駄。
もう──喰われるしかない。
「ん、アあっ……!」
指でほぐされた場所に、巨大なそれがあてがわれる。僕の両脚はタハトの隆々とした肩に担ぎ上げられ、後孔がぱくりと開いた。ぐすり、と大きく張り出した先端が沈められる。そこは確かにぬめって広がってはいるけれど、受け入れられる程ではない。
けれど、タハトの陰茎は孔をこじ開けながら、僕の中を押し進む。
「いっ──……ああああ!……!」
痛みで叫べば、脇腹の骨にズキリと染みた。新しい涙がぼろぼろとこぼれるけれど、ふうふうと荒い息をつくタハトは腰を進めるのを止めない。
僕の身体は小柄だ。陰茎が半分も入らぬうちに、最奥にごつりと当たった。だけど、タハトはそこを突き破らんばかりに、さらに奥へと昂りを押し込んできた。
「ぁ……うう……っ……」
圧迫される内臓が苦しい。胃液が喉をかけ上がってきた。腹に視線をやれば、僕のうすべったい腹がぼこりと膨らんでいる。
入ってはいけないところに、それがある──僕は怖くて叫んで、けれどその位置から、抽送が始まった……始まって、しまった。
「ン、っぐ……っ、あ、あ!」
ぶちり、と孔が裂けた。身体の中のどこかも裂けそうだ。何か漏らしたのかというぐらい濡れた感覚が、足の間に広がってゆく。血だ。血の臭い……。
「れ、な……俺のものだ……俺の……」
タハトはかろうじて人の言葉を話しているけれど、正気でないように思えた。
「やめて……っ!……痛い、痛い……っ!」
助けて、誰か、誰か……。
僕はひたすら助けを求めた。
がくがくと腰を揺さぶられ、人形にでもなったようにされるがままになる。そうして、だんだんと意識が遠ざかって行った。世界が白い。
僕はこのまま……。
死ぬのかも、しれない……。
──これを、──お飲み──
知った女性の声が聞こえた気がした。僕はいつの間にかタハトの腰に抱き上げられて、座った状態で揺らされていたけど、「飲め」と言われたその何かは飲むことが出来た。
甘くて柔らかいその液体は、カラカラになった喉と、もうろうとした意識にとてもありがたかった。
それは、薬だったのかもしれない。それからしばらくすると、痛みが遠ざかってゆき、ガサガサにかすれた悲鳴だった僕の声も、甘えた色のそれになっていたから。
「あ、ん……ぅ、……あ……ン」
「良かったか? 俺のコレは……レナ……お前に、たくさん子種をやったからな……」
「ん……たは、と、……」
鼻先に押し付けられた濡れそぼった陰茎は、少し小さくなっていた。綺麗にしろと言われて、僕は口いっぱいに含んで舐めた。甘い……そう感じながら舌を這わせ、夜が白むまで、僕はタハトのそれを体内に、口内に受け入れ続けた。
そうして、僕はそのたった一晩で、子を孕んだのだった。
「先に飲んでおけば良かったのに、あなたがあんまり焦るから……レナちゃんには辛い思いをさせたね」
僕を苦しみから救ってくれたのは、タハトの母さんで、一族に伝わる秘薬だった。身体を緩め、快楽を高め、妊娠を促す作用があるらしい。
僕はお礼を言って、別の薬をごくんと飲んだ。
それは、健やかな子を産むための薬だそうだ。心を落ち着ける作用もある。おかげで、僕は日中はゆったりとした気持ちで柔らかな寝床で眠り、タハトが戻れば彼が望むように振る舞うことができた。
僕の困りごとといえば、今はひとつだけ。
「タハト……ね、あんまりおっきくしないで……おなかのこが、苦しいって」
子が育つのに従って腹が膨らんでからも、タハトは僕を抱くのをやめてくれなかった。でも、一族の秘薬があるから、そこまでの苦痛は無い。
あんなに嫌だったのに、怖かったのに……いざ彼の命を宿してみれば、タハトは僕にとって好ましく、頼もしい主人だった。
「よしよし……お前の父さんは、強くて偉い人だよ……安心して出ておいでよ……」
もう木目の形まで覚えた家で、僕は腹を撫でさすって過ごし、無事、出産を終えた。
女と違って子を育てる袋はあっても、産む道が無いから腹を裂いて、取り出した。産声は大きく、赤ちゃんは赤い鱗に覆われた男の子で……僕は、一族の皆によくやったとたくさん褒めてもらえた。
「目元がタハトそっくりだ」
「見ろ、もう竜牙が生えているぞ! 頼もしいことだ」
──……。
だけど、いくら待っても手を伸ばしても、僕の手元に赤ちゃんが来ない。早く抱いてやりたいのに。
僕は男だけど、お母さんだよって言ってあげたい。両胸がじんじんしてる。多分、お乳も出る。
「あ、あ、の……」
「名前はどうする、タハト」
「セターレ……セターレにしよう、俺と同じで星という意味だ……この里をアケハレの月と共に照らす、星になる子だ」
「セターレか……良い名だ。そうしよう」
──……セターレ……いい、名前……だけど。
僕も顔を見たい、抱きたい……裂かれて縫われた腹がじくじく痛むのを耐え、肘をついて起き上がろうとする。だけど、力が入らない。
「さあ、セターレの体を清めてやろう……タハト、お前はレナをいたわっておやり。大仕事を終えたんだから」
「お、かあ、さん……セターレ……を、僕も、抱きたい……」
けれど、僕に告げられた言葉は無情なものだった。
「ダメよ。抱いたりすると、情が移るでしょ」
「え……?」
要するに、僕の子供……セターレは、僕ではなく一族が育てるらしい。そして僕はこれからも、タハトの妻としての務めを果たす。もしまた孕めば産んで……一族に、預ける……タハトが、そう決めたらしい。
──……。
僕がかろうじて見ることができたのは、セターレの濡れた小さな頭だけだった。僕と似たような、赤い色の髪をしていたように見えたけど。
一瞬だったから、よく分からなかった。
+++
「くッ……ああ……いい……レナ、やはりお前は孕んでいない方がいい。でかい腹が邪魔だった」
「……タハト……セターレ……は、げんき……? おっきく、なった……?」
「お前が気にすることはない。言ったろう、お前が覚えておくべき名は一つだと……誰の名だ? 言ってみろ」
「……タハ、ト……」
「そうだ……お前は俺の物だ。俺だけの物……他のものを欲しがるな」
タハトは上機嫌に牙を見せて笑い、僕の胸から染み出す乳を吸い上げる。
僕はタハトの頭を抱いて、黙って乳を吸わせる。そして、窓の外をじっと見ていた。そこには大木に寄生したツル草が垂れ下がって、揺れている。あれはとても丈夫な種類の草で、立派な籠が編める。
だから、どんな重いものを吊っても切れることはないだろう。
僕みたいなか細い人間なら尚更、切れることは無いだろう。
END
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