3話

このなんとも微妙な顔。不細工というほどのインパクトもなく、美人という程整っていない。この一重の目が絶妙だ。視界がいつもより狭く感じる。髪も、綺麗な黒髪、という程の艶もなく、ほどよくパサついている。デブという程でもなく、スリムでもない。もちろん巨乳でもない。胸元を覗き込んで、その微妙なサイズと形のおっぱいを見て、どうでもよさに笑えた。

下から味噌汁の匂いがする。ちゃんとした母親がいるタイプの家だ。この子と取り換えて、と願ってよかった。僕の家には、22時間僕以外の人間がいない。2時間だけ、家政婦の角田さんがいて、その角田さんは僕が知らないうちに来て知らないうちに帰るから、実質僕はずっと一人だった。だから、僕が今どうなっていようと、気にする人間はいないということだ。からっぽの抜け殻みたいになってたら別だけど、おそらくこの地味女が入っているものと思われる。彼女には大変申し訳ないけど、孤独で悲惨な生活にぜひとも耐えていただきたい。

せいぜい一週間の話だ。こんなにうまくいくなら、もっと長く取り換えてもらえるようにお願いしたらよかった、と思いながら僕は女子の制服を着た。実は、この制服を僕は着たことがある。第一の男にやった飴の一つだ。どうしても僕の女装が見たいというから、着てやって、さらに膝にまたがって首に手を回した。それだけ。以上、終了。その後襲い掛かってきたけど、僕は悲しみに満ちた声で「そういう約束破るようなことするんだね……」と告げて、信頼してたのに、と涙ぐんだ。それで「ごめん、葵衣、もう二度としないから」のコースに乗せることができた。

さあ、地味女ハッピーライフのスタートだ。僕は意気揚々と階段を降りた。

電車。誰も触ってこない。学校。友達二人と過ごす。昼ご飯はお母さんの手作り弁当。僕の弁当と大違いだ。僕の弁当は、角田さんが前日の午前中に作った総菜を適当に詰めたものだ。角田さんの料理の腕前はプロ級なので、いつも「買ってきた弁当」みたいな安定の味だ。それに引き換え、この弁当。卵焼きは、白身が残っていて、甘すぎる。唐揚げは端が焦げていて肉が固い。隙間につまっているプチトマト。これが悲惨だ。つぶれていて隣の冷凍食品とおぼしきシューマイに汁がしみている。

-なんて、おいしいんだ。

僕は感動して泣きそうだった。そして、友達A、Bとの会話がまた最高だった。「吉田さんと一年上の日比野さんが別れたらしい」「モデルのだれだれはブス」「なんでこの曲が売れてるのかわからない」のように、全て他人の話で構成されているのだ。誰も自分たちの話をしない。自分自身に興味が無いらしい。僕はいつも僕の話ばかりされているので、これは新鮮以外の何物でもなかった。うんうん、と話を聞きながらにこにこしていたら、「さち、今日ご機嫌じゃん、いいことあった?」と言われた。「うん、とっても楽しい」僕は答えた。僕はずっとずっと、この 末黒 幸(すえぐろ さち)のままでいられたらいいのに、と思った。

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