-今日も無事、後ろの貞操を守れました。
もはや誰も見向きもしない小さな社(やしろ)に僕は手を合わせた。割れたおちょこにミネラルウォーターを注ぐ。これは、変質者に追いかけられてこの社を見つけてから、日課にしていることだ。この社の陰に隠れて、変質者をやり過ごせた恩返し的なものだ。
社の中には、風雨にさらされて顔が無くなったお地蔵さんがいる。
僕はお地蔵さんに話しかけた。
「お地蔵さん、お地蔵さん、僕毎日あなたにお水、あげてるよね。全部飲まないで、ちょっと残してわざわざここに来てるんだよ。ちょっとは感謝して欲しいな。もし感謝してるんだったら、どうかどうか、僕を地味な女に変えてください。ブサイクなんじゃなくて、雰囲気が地味な女です。誰もそこにいることに気が付かないで、足とか踏まれて、いたんだ、ごめんね、とか言われる女です。よろしくお願いします」
元々助けられたくせに、ちょっと恩着せがましいな、と思ったけれど、昼休みの悲劇を思い出すと、その願いは切実だった。
僕が第四の男と昼飯を食べているところに、第一から第三の男が集結して、第四の男を取り囲んだ。
「どういうつもりで葵衣を誘ったんだ」
「何様のつもりだ」
「幼馴染だからって、それがアドバンテージだと思ってんのか」
「お前みたいなデカいだけの奴が、葵衣の隣にいていいと思ってんのか」
「聞いてんのか、グズ」
第四の男で僕の幼馴染である、佐々 直哉(なおや)は、のんびりと、「相変わらず人気あるな、葵衣は」と笑って、食べかけの弁当を持ってのっそり席を立とうとした。
その足を第一がひっかけた。直哉は躓いて、弁当箱が落ちた。直哉のお母さんお手製のおいしい卵焼きが、地面に。そして、その上にすかさず第二の男が落とした直哉のカバンが。ぐちゃ、という音を立てて、卵焼きその他のおかずと共に、直哉のカバンが無残な姿になった。
「なんてことするんだよ!」と僕が抗議すると、「なんでこんなやつをかばうんだ」攻撃が始まった。直哉がひっそり、床を掃除しているのを見て本当に申し訳なかった。
後で「ごめんね」と謝ると、「もうお前と飯食うのやめる」と、ついに言われてしまった。たまに直哉とご飯を食べる昼休みだけが、唯一の心のオアシスだったのに。僕は、その時のことを思い出して泣きそうになった。
お地蔵さん、頼むよ。せめて一週間だけでいいから、ゆっくりさせてください。僕は誰もいない家のベッドで、目を閉じた。
そして、翌朝目が覚めたとき、僕はすぐにそこが僕の家ではないことに気が付いた。天井が違う。匂いが違う。最初は、寝ているうちに今まで僕に告白してきた誰かに拉致された、と思った。しかし手も足も動くし、さるぐつわもされていない。そして何よりも……なんというか、身体が重たい。瞼すら、重たい。自分の体の感覚じゃないのだ。
僕はゆっくり体を起こして、手を見て、顔に触った。違う。全然違う。跳ね起きて知らない部屋で鏡を探した。ダサくてちらかった机の上に手鏡があった。見ると。
-お地蔵さん!やってくれた!ありがとう!!
その中に映っていたのは、僕の股間をガン見していた、あの地味女だった。
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