監禁が好きなのでいろんな場所に受けを監禁して来ているのですが、クローゼットに監禁してみたいなあと一年以上妄想し続けてやっと書きました。そんなにしんどくない軽めな展開だと思います。ハピエンではありません。
楽しい夜だ。外は大雨、だけど俺は屋根の下。それも、自分の部屋よりよく片付いた、インテリアセンス抜群の屋根の下。
数か月前からじわじわ仲良くなった隣人・糸久紡からの誘いを受け、彼が実家から送りつけられたという日本酒を、同梱されていたつまみと共に大いに飲み食いし、ほろ酔い段階をやや越えたあたり。
このぐらいが、一番ふわふわして気持ちいい。
「俺、ビール派だって何回も言ってんですけどね……新酒の時期の度に送って来られて困ってたんですよ。今年は星名さんが居てくれて良かったです。そんな美味いですか?」普段口数が多くない紡がやけに饒舌なのも、楽しいと思う理由の一つ。毎朝挨拶してた野良猫が、撫でさせてくれたような気分だ。
「俺も飲みたくなって来た」そう言った紡は琉球ガラスのコップになみなみ酒を注いで傾け、形のいい眉を上げ「案外いけますね……何で頑なにビール派貫いてたんですかね? 料理酒にしちゃってましたよ……明らかに日本酒の方が美味いですけど……何でですか?」なんて真顔で言う。酔いも手伝い、俺は爆笑。
「はは、知るか……!」
「星名さんがそんなに笑うの、初めて見た……本当に28歳なんですか? 俺より年下っぽいですよ。あと……あれですね、奥歯まで歯並び良いんですね。ていうか、口の中スッゴイ綺麗です」
俺も、お前がそんなにペラペラ話すの初めて聞いたよ。そんで歯並びはともかく、口の中褒められたのも初めて。何かいいことあった? そういや、前彼女と喧嘩したって言ってたじゃん。あれからどうなった? え、別れたって? マジで? 浮気……? 彼女、浮気してたのか?
「いいえ、俺です」
え。うっそ。しそうなタイプに見えないのにな。イケメンだけど礼儀正しいしチャラくないし、きっと一途な奴なんだろうって、勝手に思ってたんだけど……。
「それはスゴク合ってます。俺は滅茶苦茶一途です」
だよな、でも、そしたら、何で……。
「ああ、それはですね、あの女は性欲処理係で、本命には片思いだったんで……本命落とせたら別れようと思ってたんです。でも、バレて先に振られました。たださっきも言ったんですけど、俺の片思いなんで、本命には何もしてません。それでも浮気なんですか?」
「う……うーん……言葉的には、浮気……かな……? 違う気も……しなくはないけど」
「ですよね!」
ンー、てか、俺はその前のお前の発言……「あの女は性欲処理係」に割と引いてんだけどね。そんな奴だっけ?
若干、酔いが覚めた。
そろそろ、帰ろっかな。
「なので、これから星名さんにお願いしなきゃいけなくなったんです、すいません。よろしくお願いします」
よろしく……? 何を?
俺はこれを最後に引き上げようと、鹿サラミをつまみ上げ「暇つぶし係?」と、優しい形の目鼻口を正しい場所に配置した紡に尋ねた。
ウンウン、と軽く頷いたように見えたから「いいよ」と答えた。但し、「俺がデートの日と月末月初と年末年始と決算期以外ならな」と、答えた──。
+++
「あ、起きました?」
柔らかな慣れた声色で目が覚めた。またやっちゃったか……紡の家で酔い潰れたのって、これで二回目……いや、三回目……? 帰ろうと、思ってたのにな。
──ん?
ところが、ステンレス製のオシャレ時計が一時間を刻む小さな小さな針の音を立てた瞬間、たくさんの「ハテナ」マークに頭を埋め尽くされた。何だこれ、何だこれ、何だこれ。
何で紡の声が聞こえるのに、俺真っ裸なの。何で万歳したまま腕、動かせないの。
「な、……し、縛……」
「大丈夫ですか? 星名さん。水、欲しいですか?」
以前やらかした時と同じに、紡がグラスに入った水を手に、透明なグレーの瞳で覗き込んで来た。綺麗な色してんな……じゃない。これだよ、裸とこの腕。水より前に、この状況説明して。AからZどころか、バラエティ見て大笑いしてたと思ったらCM開けにじわじわ怖い系Jホラー始まったぐらいビビってんだけど。
「星名さん、例えかわいいです。ホラー苦手ですもんね? チャンネル変える早さ、音速ですもんね?」
うん、苦手。ビビリだから。
だから今も──怖い。
何から、どこから聞けばいいか分からないから「あ」だけ言って咳込んだ。右を向きたい、肘で口を塞ぎたい(エチケットとしてね……)だけどどっちもできない。なぜなら、縛られてるから。縛られてる……から……。
「みず、みず、星名さん」
慌てたように言った紡は、何故だかグラスの水を自分が飲んだ──かと思えば、
「ッ──……っ」
そのまま俺に覆いかぶさり、唇を密着させそれを流し込んできた。ごくりと喉がそれを生理的に飲み下すのを見届けて、もう一度同じことを繰り返す。無理矢理に飲まされた苦しさで再び咳き込むと、奴はまだ足りないかともうひと口を自らの口に含むから、俺は「もういい」とはっきり言った。そして、初チューだ……と感慨深げな紡に説明を求めた。
一体、何があったのかと。俺が覚えてんのは、
「そうそう、そうです。鹿サラミ……お気に入りのアテでしたよね。それ食って酒一口飲んだ後、パタンです……」
「……そ、そ、か……」
で、何で裸なの。何で俺、縛られてんの。
「それは……星名さんがいいよって、言ったからです。俺が告ったら、いいよって言ったから」
「こくったら」
はい、と奴は俺なんかよりもよほど綺麗な歯並びを見せて笑った。告白のタイミングが分からなくてずっと困ってたけど、彼女に振られたのが良かった、思い切れたから良かった。受けて貰えてスゴク嬉しい──紡が話す言葉は明瞭で、歓喜に満ちている。
だけど俺は、間違ったパズルのピースを無理矢理嵌められたのと同じ気分だ。あの「よろしくお願いします」が告白だなんて一ミリたりとも思わないし、逆にあれを告白だと思う奴がいたらそいつの精神構造疑うレベルだし、そんでそれを置いといたとしても、告白してOKだったからって、いきなり全裸で緊縛は無いと思う、お互いそういう趣味なら別だけど──まくしたてて息を切らせた俺に、紡は苦笑した。
「だってこうしとかないと、帰っちゃうじゃないですか……その日が来たら……デートと、月末月初と、……あと、何でしたっけ? 駄目な日多すぎて倒れるかと思いました。ああ、やっぱり俺、間違ってなかったって。この人は、捕まえておかないといけない人だなって」
どくん、と心臓が波を打つ。待って待って、まず前半の、告白と思わなかったよ~ってのが全無視されてる。そもそも俺、酔いつぶれたんだよな? 違うの?
「あ、違います。俺、鹿サラミにポン酢つけるのお勧めしたじゃないですか。あれに鬼程眠剤溶かしてたんです。だから、思いの他鹿サラミポン酢気に入られて、告る前に寝ちゃうかもって、食うペース早すぎですよって、ドキドキしてました」
「……ハ……ハハ……ごめんね……ポン酢が絶妙に鹿の臭み消してくれたから……」
「いやいや、こっちこそ絶妙のタイミングでパタンでありがとうございます……マジでこれ運命だなって思いました。隣の人に一目ぼれとか早々無いでしょ」
いや、あるよ。今のこの状況よりは、普通にある。どうしよう、どうしたらいいんだろ。怖い、怖い、怖い……。
「あ、あのさ……」
目の前に居るこいつは、もう俺が知ってる、というか認識していた糸久紡じゃない。彼女がメシ作りすぎたんでって、鍋持ってピンポン鳴らして来た奴じゃないし、逆に廊下で会った俺の彼女に「あ、噂の紡君? 超イケメンだね」って言われて「そんなこと無いですけど嬉しいです」って恥ずかしがってた奴でもない。完全に頭がイッてしまっている変質者で──「性欲処理係」とさらっと言ってのけたのが本来の姿だったってわけだ。
これまでの紡だったら、絶対に女性をバカにするようなことは言わなかった。てゆうかろくにしゃべりもしなかった。
今日俺を薬で寝かして剥いて、縛るつもりだったから、言った。あんなに饒舌に、しゃべった……。
ヤバイ……。
考えろ、考えろ……超頭痛いけど、まだ眠いけど、考えろ。
俺は品質管理部一課主任。プロジェクトが円滑に進むようあらゆる会議に顔を出し、部署間の認識のズレや主張を調整して回って、利益率を上げるのが仕事だろ。こいつには程遠いけど、癖強めの奴らの説得しまくって来たじゃん。
とにかく、この腕だ。腕さえ解いてくれたらどうとでも出来る。部屋は隣。どうせすぐ戻るつもりだったから鍵はかけてない。起き上がって……噛みつく。そんで全裸で裸足でも何でもいい。自分の部屋に駆け込んでチェーン掛けて……即、引っ越しだ。
名刺を渡した覚えは無い。会社名だって言ってないし、ゴミ捨てのタイミングで毎朝会うからなんとなく親しくなって、なんだっけ、でかい蟹の処理で困ってるって呼ばれたから部屋行くようになって、その部屋が綺麗で居心地良かったからしょっちゅう部屋飲みするようになっただけ。
俺だって、紡のことそんなに知らない。家飲みの間適当にテレビ見て、あーだこーだ言う俺に紡が相槌打ってただけ。そんな関係だったんだ。
考え抜いた末、俺はシンプルに痛いと言った。腕が痛くて、我慢できないって。
「ほどいてくんないかな……マジで痛い……帰らないからさ、約束、するから……」
精一杯辛そうな顔をする。実際より10倍増しで。
「ン──……分かりました……」
やった、と俺は心の中で喝采を上げた。こいつらバカなのか? お互いの邪魔し合って何になるの? と思いながら「大変ですねえ」の雰囲気と表情と声色出し続けてきた甲斐があった……──。
「セックス終わったら、縛り方変えてあげます」
「……せ?」
「はい。申し訳ないんですが、終わるまでは変えられません。星名さん掘られるの初めてですよね。だから本当は最初は座位で、星名さんのペースで俺のチンコ食ってくれたらいいんですけど……ちょっといきなり星名さん任せは難しいと思うんで……ってのは言い訳です。俺、決めてたんです。星名さんと初めては正常位にしよって。だって、全部見たいじゃないですか。チクビとかチンコとか……美味そうなとこ、見て弄くり回しながらしたいじゃないですか」
「……」
俺の脳が耳から取り入れた音の処理を拒絶する間、紡は顎を少し持ち上げ俺の身体を眺め下ろしてぺろりと舌なめずりをした。
「星名さん、星名慶太さん……恋人同士になったけど、慶太って呼ばずにこれからも星名さんでいきます……175㎝あるって周りに言ってますけど、ほんとは173.5㎝なんですよね……年齢28歳は……嘘じゃ、なかった……ふ、ふ」
かわいい。かわいくて綺麗って何なんだ、と紡は俺の親指の爪の形に始まり、髪質に至るまであらゆるパーツを細かく褒めた。俺のチクビはあらぞめ色なんだってさ、知るか。
ぺらぺら喋りながら、紡はゆったりしたパーカーを脱ぎ捨てる。その下に着たTシャツも。
それからよいしょ、と俺をまたぎながらベッドに乗って来た。ちょうど、俺の顔の真ん前に、ズボンの合わせがあるぐらいの位置で。
嫌な予感しかしなくて、紡はその予感のままの行動を、始めた。
ベルトとボタンを外し、ジッパーを下ろす。ズボンは膝あたりまで下げ、マルチストライプのボクサーパンツのウエストゴムを引っ張って、ずる剥けの、はち切れんばかりに勃起したソレを取り出した。
「知んないでしょ、星名さん……俺、いっつも星名さんと部屋飲みしてる間中こうなってたの……でかい服着て、隠してましたからね……あのパーカーとかゆったりざっくりカーディガンとか、全部星名さんのために買いました……普段はあんなデカイの着ません。星名さんと居る時だけの特別仕様です」
ごくり、と喉が鳴った。それ、何の自慢だ。確かに、隠さないとモロバレするデカさだけど。
「……」
ばちん、と頬が殴られた。紡のチンコで。
「星名さーん、感想」
「ハ……?」
「俺の、どうですか? 形とか色とか……何回か顔は褒めてくれたじゃないですか。あと手とか、腹筋見せた時も。でもココは初めてなんで。ぜひぜひ、感想聞かせて下さい」
「……立派、だな……」
まじですか! やった! じゃねえんだ……違う違う……、ちがくて……、ちがくて……
「ン!」
突然口が塞がれた。ゴリゴリと俺の萎えた股間にあたってるのが「立派ですね」のソレだから、今密着してるのは唇だ、良かった。いや、良くない。
「んっ、ん、ふ」
くち、くちゅ、と相当ディープなヤツが始まった。腰をくねらせながら、胸も腹も、ゴリゴリのアレも密着。なんか濡れてる……先走りかよ……気持ち悪い、気持ち悪い……怖い。
「アー……口の中だ、星名さんの、キレーな口……爽やかな柑橘がたまんないです、あ、ポン酢ですねこれは……、俺、これから星名さんにいろんなもん食ってもらいます……そんでその後超キスしまくりますね……いろんな味の星名さんを食いたい……てか星名さんの口の中にあるメシを食いたいです……」
ちなみに自分の好物はコショウ多めのパラパラチャーハンだ、と紡が言った。瞬間胃がきりりと痛み、食ってもいないチャーハンを吐きそうになった。
「やっ、う、うえ……う、」
俺は泣いた。「泣いてます?」ってしょうがないじゃん、こんなの普通に泣くよ。
笑うな、かわいいとかって笑うな。
紡の手が、俺のふにゃふにゃのチンコを握り、そうっと擦る。全然気持ち良くないしやめろ、マジでやめろ。
吐くぞ、今吐いたら、お前かなりのダメージ食らうからな。え、大丈夫なのかよ。むしろ歓迎なのかよ。
「星名さんの胃液とか最高じゃないですか……はは、想像したらまたデカくなっちゃった……俺、こんなデカくなったことないですよ……ちょっと今、狂っちゃってますね、ごめんなさい、すいません、ちょっと、とりあえず一回挿れてせーえき出しますね、星名さんもしかしたら痛いかもしれないですけど、俺もかなり痛いんで……じゃ、準備します」
これで、と掲げたそれは、アレだ。
「……え、あ……」
さすがの俺も、ソレ(あれだよ、超便秘の時に使うという噂のあれだよ)を目にしたらいくら怖くても暴れる以外選択肢無い。蹴られるところは蹴ったし、大声で叫びもした。
「止めろ、変態、キモいんだよ……! ふざけんな、犯罪だからな! お前がやろうとしてること、犯罪だからな……っ!」
狂ってる、触んな──、その結果、ゴッという鈍い音連続三回の末、俺は黙らされた。
「お静かに……結構聞こえるんですよ、このアパート。星名さんの彼女のキモい喘ぎ声とか……特にベランダ出たらガッツリ聞こえます。ただ、星名さんの貴重な喘ぎは聞きたいんで、そこは天秤なんですが」
鼻の奥がツンと痛み、だらりと暖かいものが流れ落ちてきた。目からは勝手に涙がぼろぼろ沸き出る。殴られて痛いから……怖いから泣いたってよりも、鼻と目が繋がってるからそうなった感じだ。スゴイ量の涙が、止まらない。
何だこれ、何だこれ、何だこれ。
「あ、あ、」
そうしてる間に紡はラテックス手袋的なものを嵌め、「準備」を始める。それが医者か? ってぐらい手慣れたもので、「経験あるのか」と怖々尋ねれば、挿入はしなかったけど準備の修行だけはした。とにっこり笑った。
それから、「あ! もったいない!」と俺の鼻血と涙を全部舐め取って、続きをする。俺の頭は、もう働かない。
されるがまま、流されるまま……。
「あ!」
妙なところをぐっと押され、ビク、とつま先がはねた。
「あ、……あ、なに、して……」
「会陰て場所です。標準経穴に指定された正式なツボの一つで……性感帯です。これも準備の一環……あ、効果ありですね……半勃ち……穴も緩んできてる……でも、まだまだです……我慢我慢──我慢って言葉、いいですよね。今にもドッカーンって爆発しそうで」
「……」
紡の饒舌は続き、その中でも「準備」は入念だった。
えいん、なる場所をとんとんと押し、乳首を舐めあげて吸い、肛門をぐちゃぐちゃと回し広げるのを延々続け「もう無理、我慢できねえ」の宣言で終わった。
「さー、いきますよ……ドキドキしますね……お互いアナル初めてですもんね……」
勝手に感情共有するな、でも、騒いだら殴られるし、てことは、もう──。
受け入れるしか……。
「っう、……うあ……! ああ!」
ずぶりと挿され、叫んだ口に突っ込まれたのは紡のTシャツ。そうして、平手打ちが一つ。
「お静かに、って言ってんだろが」
「ん、む……っんっ……」
唸る俺の穴が、めりめりとひらかれる。スゴイとヤベえ、を挟みつつ、腰の動きに容赦は無い。
「ん、んっ、……! っ!っ!」
「ここ、ゴリゴリしてるのが前立腺ですね……? そんで? ここが奥……はは、あるある……腹押したら俺のチンコある!! 星名さんの中だ!」
「……っ、む、っ、んー、ん!ん!ん!」
「は、はは……は……」
泣きじゃくる俺を犯す間、紡はずっと笑ってた。
+++
「あ、起きました?」
既視感は直ぐに恐怖に変わる。俺は裸にシャツ一枚着せかけられて、暗い狭いところに居て、頭をその角にぶつけるようにして座らされていた。手は前、よもや人生に縁がなかろうと思っていたもので戒められていた。痛くはないが、視覚的に、精神が削られる。
「それ、ホンモノの手錠ですよ! 実は俺の親、捕まったことがあってですね……詐欺なんですけど、そんときバカな警官が置きっぱなしにしてたヤツ、そっと盗んだんです……まさかおとーさんってギャン泣きしてるガキの仕業だなんて誰も思わないじゃないですか、ないないって言って慌ててるの、大変楽しかったです」
入手経路自慢げに言うな。ていうか、ここって。
「クローゼットです」
だよな。紡のイケメン香水の匂いと、クリーニング戻りの匂いがスゴイよ。
「……俺のこと、どうすんの、ずっとここ、入れとくつもり」
別に余裕があったわけじゃないけど無感情に尋ねれば、何故か紡は驚いた顔をする。
「なんだよ」
「いえ……静かーに怒ってるなって……星名さん、そういう怒り方もするんだなって……感動して、います……」
ああ、なるほどね。でも残念、俺は怒ってるんじゃないんだ。超怖いんだよ。お前のことが、怖すぎて怖すぎて……ぐるっと回って、遠心力で「無」の世界に飛んでっちゃっただけだ。
「そーですか……怒って、ないかあ……色んな顔、見たいなあ……昨日みたいな、泣き顔も、限界えっち顔もいいですけど……ふふ、どうでした、潮吹いた感想……俺に修行させてくれたコ、一回目で潮吹きは無理ですって断言してたんですが」
ぎく、と足元が冷えた。あんなの、絶対思い出したくなかったのに。
「あ、恥ずかしがってますね?」
「……死ね」
紡はハハ! と高笑いをしてクローゼットの戸を閉めた。トイレ、ちゃんとありますよ、と顎で片隅を示して。確かにそこにはトイレがあって、俺はそこで盛大に吐いた。それが俺のクローゼット生活の、始まりだった。
内側からは決して開かないクローゼット。斜めになったデザインの下部から換気はされている。中にあるのは水だけで、食事は一日きっちり三度、おやつ付き。猫の出入り口みたいなところから入って出ていく。
紡は、外からずーっとしゃべってる。内容は、俺についてだ。生い立ちから、過去のエピソードまで。俺が忘れたようなことまで、ずーっとしゃべってる。
「俺、星名さんの過去に居られなかったのが悔しいですよ……文化祭でヘンな人形作るのとか、やりたかったです。あと、ユウ君が羨ましい。俺、星名さんの家族に生まれたかった」
俺はほとんど無視だけど、「無口だと思ってたのに随分おしゃべりだな」って言ったら、「今まで我慢してた」と深いため息をついた。
「話し始めたら止まんないだろうなって予想してたんですよ……実際そうでした。俺、星名さんのことなら24時間話続けられます。今も情報収集中です……でも星名さんと同じ空気吸ってたいし……けど星名さん居るって思ったらクローゼット見ただけで勃起しちゃうから、抜かなきゃだし……超忙しくて単位落としそうです」
ふーん。俺が出来るのは、立つ、座る、端のトイレまでの数歩、洋服をかき分けながら歩くことのみだけどね。
簡易トイレ工事なんて、賃貸でやっていいわけ。そんで、いつから始めたんだよ。この計画。
思いっきり汚くしてやろうかと思ったこともあったけど、うっかり水をこぼしただけで吐くほど蹴られたから、実行してない。
暴れるのも、同じ結果になるからしない。
どこで俺、間違えたんだろうな。たぶん、俺単体で言えばどこでも間違えてはない。
間違えてるのは、紡だ。
間違えたといえば、間違えた紡に捕まったことが、間違いだ。
逃げたいとずっと思ってる。
それはもう、ずっとずっと思っている。思ってんだけど……思ってんのかな? 最近疑問になってきた。
俺の部屋のチャイムと「星名、星名、いないのか」と俺を呼ぶ上司と同僚の声に、俺を身動き一つ、唸り声一つ上げられなくしてから「どうしました?」と爽やかに応じた紡の超絶演技が凄すぎて。「負けた」と思った。
なんか俺が鬱になったって、誰とも話さず会社辞める方法知らないかって相談されたことあります、って言ったあの真実味、俺も信じちゃうよ。ちなみにその話は、俺の彼女にもしてた。
そんでこの間は両親と大家との会話が聞こえた。
「家賃も何も滞納されてませんから、こちらとしては何も」
「そんな……会社、辞めてるんですよ。一体どうやって」
「星名さん……俺も心配です、全然普通だったのに急に、なんか……閉じこもっちゃって。たまに、誘いはするんですけど」
これもまた、素晴らしい演技力だった。完敗だ。
だけど、俺の精神が諦めに至ったのは、あれだったかも。
監禁始まってから一番念入りに、指一本動かせない程縛られ口に紡のパンツを突っ込まれ、布テープで三重にふさがれた後。
紡の部屋に、俺の彼女が来た。続いて何故か紡の友達が「偶然」そこに来て「彼氏と急に会えなくなっちゃったんだって……気の毒で」としれっと言った後、ちょっと買い物、と出た途端その友達が俺の彼女を口説き出し「もう彼氏さんのこと忘れたほうが良くないですか、ていうか、その人のためにもそうしてあげた方がいいんじゃないですか」「うん……そろそろ、諦めた方が、いいかな……」からの一部始終を聞かされた時だった。
『元カレとどっちがいい?』
『あん、あん、〇〇君っ……』
名前を思い出すのも無理だ。吐きそう、ていうか吐いた。
「あらら、大丈夫ですか……苦しかったでしょ。俺がヤった方が手っ取り早いのはそうだったんですけど、生理的に無理だったから友達に頼みました……俺、もう星名さんしか抱けませんので……」
ああ……確かに紡は……一途だな。
俺の彼女は、あんなだったけどね。
だからって、彼女が悪いわけじゃない。
そんなもんだと思う。
俺の嘘の退職届を受理した会社の人も、親も悪くない。
悪いのは、紡だ。
だけど、紡自身は自分が悪だなんて一切認識してないから、どっちかっていうと天災の類いなのかもな。
紡は、俺の心臓を握ってる、神様みたいなもんだから。
恵みの雨を降らせるのも、干からびるほど飢えさせるのも、紡だから。
+++
「そろそろどうかな、仕上がったかな?」
数週間ぶりに紡は俺をクローゼットから引っ張り出した。外が眩しい。
「どうでした? この数週間……お互い、我慢の時でしたね……」
確かに、犯られるのは久々だ。腰に乗っけられて揺さぶられながら、俺は答えた。
もうどうだっていいから、カフェで冷たいラテが飲みたい。お前の恋人でいいから、俺の部屋の家賃払い続ける財力あるならペットでもなんでもいいから、何でもするから、
「あ、ッ……ん、そ、とに出たい……歩き、たい……」
でも、答えはノーだった。
「……すいません、ごめんなさい。だけど、出来る限りのことはします……」
それで数日後、こうなった。
「さ、どうでしょ? 最大限、星名さんに配慮しました。それから、これアイスラテです。ガムシロ何個入れますか? 無し派ですか?」
「……二個」
紡は部屋を引っ越した。転居先には、アレがあって、俺の居場所はそこになった。アレって、アレだよ……。
「名前ですか? ウォークインクローゼットです」
あ、そう。それそれ。
広いし、窓もあるんだな。テレビも、ゲームも……小さいけど、ベッドも椅子も、あるんだな。
「はい……快適にお過ごしくださいね!……でも散歩は無理です、ごめんなさい。見られたくないんですよ……本当に俺、一途なんで……星名さんを見られることが無理です。今後見た奴いたら、殺します」
そして、扉がぱたりと閉じられた。当然内側からは開かない。
「……見ただけで……ころす……のか……」
プラスチック容器のロゴが懐かしいカフェラテを、リクライニングチェアに座って飲む。
混ぜ忘れたガムシロ二個分の甘さが、一気に喉を通って胃に落ちた。
残りのカフェラテは苦くて不味くて、久しぶりに涙が滲んだ。
何だ、これ。
了
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