現代・コメディ・ハッピーエンド・20000字程度
自他ともに認める美少年の僕は、痴漢にあったり、夜道で襲われたり、友達に突然告白されたり毎日悲惨。普通の容姿に憧れて、神様に願ったら一週間だけ叶えられた。地味女の生活を楽しんで元の自分に戻ったら、えらいことになっていた……!
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1話
これで三日連続だ。車両を変えても、時間を変えても、奴はいつの間にか後ろにいる。
手順も同じ。まず、尻に手の甲をつける。それから、橋を通るときに電車が大きく揺れて人が一瞬重なって来るタイミングで、手のひらに変える。しばらく手のひらを当てた後、微妙に動かしてくる。
気のせいかな、揺れなのかな、ぐらいの雰囲気で。
それを放置していると、突然、手のひらが一本指に変わって、尻の割れ目に沿って力を込めてくる。そこで、僕は学生カバンを肩にかけなおすふりをして、そいつに当てる。
そいつは、手を一旦引っ込める。そのあたりで、駅に着く。僕の降りる駅じゃない。ここでも、多くの人が乗ってくる。僕はできる限り、場所を移動する。それでも奴は追って来る。電車が発車すると、また始まる。今度は、手が、前に来る。下を見たら、そこに男のゴツゴツした手がある。
-こいつ、痴漢です。
と言ってやってもいいのだけれど、僕はその薬指に銀色の指輪がはまっているのを見て、躊躇してしまう。ダミーかもしれないけど、もしかして本物かもしれない。こいつが捕まるのは仕方ない。でも、十代に痴漢して夫が捕まる妻なんて、悲惨すぎる。子供がいたら、もう目も当てられない。それなら、こんな短い時間ぐらい、我慢してやるのが人情ってものだ。
それに、こうなっている原因は僕にだってある。
高校二年生の僕、藤澤ふじさわ 葵衣あおいは決してボクっ子の女子高生ではない。女みたいな名前の「男」だ。ただし、自他ともに認める、美少年だ。この前僕に告白してきた某会社の社長さんは「君は芸術作品だ。どうかその美しさを余すところなく鑑賞させてもらえないだろうか」と申し出たかと思うと、死んだ魚みたいな目をして拝聴していた僕に突然跪き、靴を舐めようとした。普通に顎を蹴って逃げたのだが、あの人は大丈夫だろうか。
艶のある黒い髪、白い肌、アーモンド形の目、赤い唇、低血圧なのにバラ色の頬に華奢な手足。もし「美少年チェックリスト」なるものがあったとしたら、僕はほとんどの項目にチェックを入れられると思う。
とりあえず痴漢さんに前を触らせておいて、僕はスマホをチェックする。メッセージの未読の数が半端ない。三割が女、七割が男。放っておいたら暴力的になりそうな主要人物のメッセージだけをチェックして、簡単に返信する。
今日一緒に昼飯を食べよう、という約束が三件バッティングしている。それぞれ、派閥が違う。どうしたものか、と考えて、第四の派閥の穏健派の名前を出して、昨日からそいつと約束していた、と返信しておく。穏健派には、後で口裏合わせを頼まなくてはいけない。あいつがいなかったら、僕はとっくにその三派閥の誰かの女にされて、奪い合いされていただろう。
とにかく、この見た目のせいで、僕の毎日は非常にスリリングだった。調整、駆け引き、時には飴をやったり、ムチをやったり、ぎりぎりで平和を保っていた。
僕をガン見している女が目に入った。僕を、というか、僕の股間をだ。
ああ、痴漢されてるよ?それが何か?うちの制服を着ているけど、見たことがない女だ。見たことがあったとしても、毎回「見たことがない」と思ってしまいそうな、地味な女だ。
僕が、あんな地味女だったらな。
きっと、趣味に没頭したり、ちょっと片思いしたり、日が落ちたって平気で歩けたんじゃないかな。
一週間でいいから、身体を取り換えて欲しいよ。