いや、終わりじゃないかもしれない。あんなショボいお地蔵さんにもすごい力があるんだから、他の神様にも頼んでみたらいいんじゃないか。お稲荷さんとか、えべっさんとか、ナントカ神宮とか。心を込めて祈れば、石ころにしてもらえるかもしれない。僕は元気を取り戻して、明日から神社巡りをしよう、と心に決めた。スマホがずっと震えているけど、そんなことは知らない。もうこれも解約しよう。どうせ佐々からは連絡が無いし、あるかもしれない、と期待して、失望するのは嫌だ。大きな家が見えてきた。空っぽの家。そういえば両親に最後に会ったのはいつだろう。それぞれ、今は誰と暮らしているんろう。きっと、僕のことなんか忘れてるだろうな。

曲がり角を曲がったら家、というところで、黒塗りの車が門の前に停まっているのが見えた。あれは、僕の前をいつも塞いでくる白石の車だ。スマホを見たら、着信全部が白石で埋め尽くされていた。今日は白石君の番、と言った末黒さんの言葉を思い出した。「お姫様にしてあげる」の件も。

駄目だ、家には帰れない。僕はそーっと元の道を戻って、結局またお地蔵さんのところに来た。待たせている白石に悪いので「ごめんなさい、お姫様にはなれません」とメッセージを送って電源を切った。

お地蔵さんは、転がったままだ。力尽きて、行き倒れたみたいに見えて、憐れだった。
僕はそのざらざらした体を撫でた。

「お地蔵さんお地蔵さん、僕のせいで疲れちゃったのかな。無理言って願いを叶えてくれたのに、文句なんか言って、ごめんね。僕は駄目なやつだよ。みんなにもはっきり断らないで、逃げてばっかり。佐々にも、傍にいてもらうだけいてもらって、好きな食べ物ひとつ知ろうとしなかった。こんな僕に愛想尽かすの、当たり前だよ。佐々、大好き、って、言えばよかった。佐々が、大好きだよって」

涙が出てきた。お地蔵さんに、水玉の染みができていく。

「お地蔵さんお地蔵さん、僕は、お父さんとお母さんにも、嘘ついてた。平気だよって、別に居てもいなくてもどっちだっていいよって、そう言うくせに、拗ねてた……お地蔵さん、苦しそうだね。せめて起こしてあげたいけど、僕の力では無理だよ。本当に、ごめんね……」

お地蔵さんが見事な水玉模様になった。そして、突然光り出した。なんだなんだ？新たな力出した？と思ったら、それはただのライトの反射だった。振り返ると、自転車のライトが僕を照らしていた。逆光で、誰が乗っているか見えない。前に僕を追ってきた変質者に違いない。僕は慌てて逃げ出した。ガシャン、と自転車が倒れる音がして、葉っぱを踏む音が追いかけてくる。怖い。こんなの嫌だ。石ころにしてください、木の根っこにしてください。助けて、助けて、誰か、お地蔵さん、まだ祈ってないけど、お稲荷さん、大黒様、西洋の神々、もう、誰でもいいよ、助けて。

「助けて！！佐々ーーーー！！！」

僕は大声で叫んだ。

後ろから手が伸びて来て、抱きしめられた。僕はわー！！と叫んで暴れた。佐々、佐々、僕は何回も佐々の名前を呼んだ。

「いててて、葵衣！！俺、佐々だって！ば！」あれ？と思って念のため二、三回さっきの声を思い返してみて、ようやく僕はバタバタをやめた。

「あれ、佐々？」
「そうだよー。なんで俺の名前連呼しながら、逃げるんだよ……お前の家の前、ずーっと白石の車が停まってるから、気になってみてたんだ。そしたら角にお前がいるの見えて、引き返したのも見えて、追っかけてきたんだ。そしたら、なんか地蔵に話しかけてるから」

ん？なんだって？「佐々……いつからいたの」「お地蔵さん、お地蔵さん、のあたりから……」佐々がちょっと、顔を赤らめている。まさか、まさか。「そ、それってさ、前半？後半？第一部？第二部？」「だ、第一話かな……」

「ひ、ひええ」僕は変な声を出して、またじたばたした。佐々の腕の力がさっきよりずっと強い。
「もう一回、地蔵じゃなくて、俺に言ってよ」無理無理無理！首を振って、はっと気づいた。ここで、僕がお地蔵さんみたいに黙ってしまったら、これまでと、一緒だ。

僕はじっと、大型犬みたいな佐々の目を見た。
じっと、じっと見た。

そして、ついに言おうとした瞬間、両目を塞がれた。

「こっちが無理だ！！俺が言う」
「いや、僕が言う！」
「いや、無理、葵衣に告白されるなんて心臓止まるよー」
「僕も、佐々に好きとか言われたら死ぬからー」

－おい！！どっちでもいいから早くしろ！！－

なんだ？今の声。

あ、わかったぞ。

僕と佐々は、声を揃えて笑った。それから、二人でせーの、とお地蔵さんを起こしてあげた。

佐々が大きな体を丸めてお祈りしている。
「お地蔵さん、ありがとう。これからは、葵衣は俺が守るよ」

その背中に、たくさん、話したいことが、ある。

たくさん、聞きたいことが、ある。

まずは、好きな食べ物を教えてね。

－END－

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