1話 夜の訪問者(あらすじ)

死んだイケメン彼氏が生まれ変わって戻ってきた。ただし、汚いオッサンの姿になって。現代・ゆるゆる生まれ変わり系コメディです。ハッピーエンド。

「いい加減にせんと警察呼ぶで! 冗談にしてもタチが悪いんじゃふざけんなボケコラ!」
 
 こんな口汚い罵りを聞いたら、僕がとても乱暴で気性の荒い男だと思うだろう。でも、それは勘違いだ。確かに短気ではあるけど、ここまで激しくキレはしない。

 そんな僕が何故こんなに怒り狂っているか──その理由を聞けばみんな分かってくれると思う。

 まず今の時間。夜11時だ。
 そしてこんな時間にチャイム連打&ドアを叩きまくったバカ。見知らぬ汚いオッサンだ。
 何より一番許せないのが。

「落ちついて……お前の彼氏だよ。俺は、桐ケ谷奏多《きりがやかなた》なんだよ」

 そう。あろうことか、僕の最愛の彼氏を名乗って来ることだ。そしてその桐ケ谷奏多は、不運な多重玉突き事故に巻き込まれて先月、命を落としている。
 
 息子を突然亡くして憔悴する彼の両親に変わって事故の調査や保険の手続きに奔走し、葬式の間も泣くことさえろくにできなかった僕がようやく落ち着いたのは正に今日なのだ。

 荒れていた部屋を淡々と片付け、棚の上に奏多の写真を飾って遺品を置いた──それはたったの一時間前だ。

 まだ遠くに押しやった涙を呼んでくることも出来てないのに、知らないオッサンが部屋に来て、生まれ変わって来たよ、と言われたら。

──誰でも怒髪、天に至るやろ……!

「そんなわけあるかいや! 奏多はメチャメチャイケメンやねん! どんな特殊メイクしてもお前みたいなヨレヨレのオッサンにはなられへん! そんぐらいのありえんレベルのイケメンやったんや!」
「わあ……そんなに褒めてくれてありがとう、それと……ごめん。外観は選べなかったんだよ。一番綺麗な魂を選んだつもりだったんだけど、確かにまあまあヒドかった。それは認めざるを得ないな」
「なーにーがそれは認めざるを得ないな、やねん!なんとなく口調寄せるの止めろ!」 

 怒鳴りながら、いつの間にか僕は奏多を想って泣いていた。

「うぅ……なめとんか……ほんまなめとんか……」

 なのに、オッサンはどんどん笑顔になっていく。「相変わらずトモはかわいいなあ」ってなんでやねん! 初対面じゃ!

「もうええ……警察呼ぶ。許されへん」

 いつから洗ってないんだってぐらいヨレヨレの作業着にクシャクシャ頭のオッサンを玄関に残し、俺はスマホを取りに部屋に戻ることにした。無防備だと思うかもしれないが、オッサンからは凶暴な気配は全く感じられなかったから。どこで聞いたのか調べたのか知らないけど、奏多の個人情報(フルネーム、生年月日、経歴、血液型さらには献血歴まで)を言い続けて神経を逆なでしてくるぐらいで──。

「トモ!」

 突然、背後からどたどたという足音が近づいて来る──と思ったら、後ろから抱きつかれていた。

「うっわ! 何すんねん! 離せや!」
「トモ……お願い、信じて。本当なんだよ……」

 囁かれた猫撫で声のダミ声に、体の毛穴と言う毛穴が全部開いた。強烈な体臭、素材不明のごわついた服の生地、首筋にザクザク刺さるヒゲ、そして、何の軟体動物だよってぐらい、弾力のある腹……。

「キモッ……! 僕に触ってええのは奏多だけや!」
「だから、俺がその奏多……あ、でも名前は変わって、今は田宮壱次《たみやいちじ》」
「いちじ……? 名前までオッサンかよ……!」

 僕は必死でもがくのに、背後の自称奏多、本名田宮壱次は肩を揺らして笑いながら僕を部屋の奥にずんずん押してゆく。

 どうしよう、すさまじく怖いし、それを遥かに超えてキモい。確かに僕はちょっとばかり可愛い顔をしていて(ナルシストじゃないよ。顔だけは可愛いねってよく言われるんだよ)、にも関わらず玄関まで知らないオッサンを入れたかもしれない。でもそれが変質者に犯されて当たり前な理由にはならないはずだ。

「ぐ、クソデブの……オッサン、大概にしとけや……」
「相変わらず、トモは可愛い顔して口が悪いなあ……大好きなトモにまた会えて、本当にうれしい……すぐに、俺のこと思い出させてあげるね」

 湿った吐息をうなじに吹き掛けられながら、丁寧な奏多の言葉が不潔なオッサンの口から出たらマジでキモイんだってことを、僕は初めて知っていた。

──……完全に変質者や……っ!

 こんな奴に犯されるなんて絶対に御免だ。俺の穴の記憶は、奏多のチンコの感触だけにしておきたいのに。挿れるとしたら奏多にもらったオモチャだけにしておくんだと心に決めてるのに!

「脱いで、トモ! 俺も脱ぐ!」

 オッサンは俺をベッドに転がし、意気揚々と作業着の上を脱ぎ捨てた。現れたのは、ゴミと一緒に煮詰めような色の肌着に覆われた、だらしない腹だ。臭いも一層きつくなって、そいつがさらにそれをめくり上げ──。

 うあああああ!

「目が、腐るんじゃーーーー!」

 飛び起きて思い切り足を踏み込んで、渾身の一打をその顎に叩き入れた。すかさず第二打。わき腹を抉るようにフック……といきたいところだったが余りにも不潔なので躊躇する。代わりに向こう脛に下段蹴りをお見舞いし、体格差があるから短期戦で終えるべく、下を向いた頭を掴んで床に──。

「うわっ……オッサン髪の毛ベッタベタやん!」

 本能が嫌がって手を離してしまった。が、オッサンはそのままラグの上にゴロンと巨大地蔵のごとく転がった。どうやら一撃目のアッパーで伸びてしまっていたらしい。ウェイトが無い僕の打撃力なんか、たかが知れてるはずなのに。

「……よわっ……この程度で強姦しようとするとかウケるやん……」

 いや、ウケてる場合じゃない。僕はノーダメージでオッサンは気絶。こんな状態で警察を呼んでいいんだろうか。もし万が一オッサンが大怪我をしていたら、過剰防衛に当たらないだろうか。

 出血や怪我が無いか、ぶよぶよの体を不承不承確かめる。汚い、圧倒的に汚い。こっちの方が吐血しそうだ。

「クソ……ありえん……奏多、助けて」

 呟くなりオッサンはガバっと起き上がった。そして「トモどうしたの! 悪い奴はどこ?」とふらつきながらそこらを探索し始める。

──いやいや、お前や。

 内心突っ込みながら、しかし演技にしてもあっぱれだと、僕はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、オッサンのことを見直した。

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