作・さよっぷ (くろっぷ)様
1白い首筋
ペットボトルに水滴がついていた。
窓際の俺の席は少し明るいくらいで、前の席の白井の首筋はあまりにも、白く光っていた。
「島田ぁ」
猫のようにくにゃりとくっついてくる美香は女子の中では一番色が白くて小さくてかわいい。けれど、前の席の白井の白い肌に小さな玉のような汗が見えて、俺はため息をつく。
「どうしたの?」
「いや? 帰るか」
「美香ぁ、帰りにソフトクリームたべたぁい」
俺は美香を連れて教室を後にしながら、白井を目の端で見る。
白井の切れ長の目が、鈍く光って俺をとらえていた。
2庭の石楠花
あまりにも赤い石楠花の花が咲いていた。
僕の家の庭はささやかだけれども、神経質なほどにきれいに整えられていた。
休みになれば敏明さんが、何度も何度も丁寧に、庭の世話をするからだ。
「智明くん、奥の部屋へ行こうか」
「はい」
僕は立ち上がって奥の部屋へと向かう。
彼は僕の父親であり、僕と父は母に捨てられた他人同士だった。
「ああ、ゆきこさんにとてもよくにているね」
「はい」
僕はゆっくりと服をぬいでいく。
ただ白くて細いだけの僕の体を敏明さんに差し出した。
彼はそっと僕の体に唇を這わす。
「はあ」
息をついて、僕の肌をなぞり、その長い指で存在を確認するように何度も執拗に僕に触れる。
「あ、あ、あっ」
僕の熱をからめとるように、敏明さんは手で包み込んで執拗にこすりあげる。僕は腰をゆらし、彼を呼び込んだ。彼の指が後ろにそっと入ってきた。
「はあ、あ」
熱い吐息が充満して、薄暗いこの部屋はどこか湿気たにおいがしていた。
「本当に、ゆきこさんに似て、白い美しい肌だ」
頬を染めた敏明さんを目の端で確認する。僕は足を広げて、母さんにはないものはしっかりと敏明さんに見せている。その先から蜜があふれていても、敏明さんにも見えていないようだった。熱が僕の入り口に添えられて、ゆっくりと体内に入っていく。異物が入って、ぞわりと体を震わせた。吐き気をもよおすけれど、僕は息をついて、その熱をしっかりと感じとった。
吐息だけが響いて、熱さに頭がぼうっとする。
変なにおいが充満して、まとわりついてくる。
「はあ、はあ」
敏明さんの吐息がつまって、僕の中で熱を放つと、僕の体はずっくりと深い場所へと沈んでいった。
「はあ、智明くん、とてもすばらしいよ」
彼が目を細めて僕を見下ろす。
長い指がそっと僕の唇をなぞった。
母さんが僕らを置いて行って、彼は僕を母さんの代わりに抱いた。震える僕をやさしく抱きしめて、何時間も中をほぐして、僕は最終的に泣きながら彼を求めた。僕は彼にねだって彼に抱かれた。
母さんの荷物は少しだって減っていない。
僕の口の中は、内臓のように赤いだろう。
敏明さんの指の感触を感じながら、僕はこの指をかみちぎる想像をして、口角を上げた。
3黒い血痕
「僕は庭の手入れをしてくるからね」
彼はとても穏やかな顔でそう言った。
「はい」
僕も彼に穏やかに笑いかける。
彼は立ち上がって、暗い部屋を後にした。
彼がいなくなったこの部屋は埃っぽくて呪われているかのようだった。そっと陰湿がまとわりついてきて、僕は好きだった。
まるで僕の中でふたをしている部分が呼び寄せたかのように、悪質な何かが渦巻いていた。
僕は安心してぐっすりと眠る。
まるで、死体と一緒に眠っているかのように、ただしゃべらない形のない何かをそばで感じていた。
僕の、後ろの席の島田が僕のうなじをじっと見ていたのは知っていた。
ある日の放課後、そっと島田は僕の首に触れた。
「汗、かいてんな」
「僕、汗かきだからね」
「そうか」
交わした会話はそれだけだった。
交わした視線は雄弁だった。
僕は自分の唇に指で触れてみた。
「そろそろかな」
その日僕はいつものように、敏明さんを受け入れて、いつものように敏明さんは僕の唇に触れた。
「ゆきこさんのように、今日もとても美しい」
愛しそうに敏明さんは目を細め、僕はその指をかみちぎった。
残念なほどに血は甘く、残念なほどになまぬるかった。
うるさい敏明さんの口はすぐに閉じたかったので、拳を口の中に押し込んだ。せっかくなので、そのまま鼻をつまむと、しばらく痙攣して、それから白目をむいて、いろんなものを垂れ流して、動かなくなった。
敏明さんの開いた白目をしばらく見ていた。
この目はいつも、母さんだけを求めていたから、望んでいたであろう場所へと、僕は彼を連れて行ってあげることにした。
4赤い告白
僕は鼻歌を歌っていた。
とてもご機嫌に、執拗に整えていた敏明さんのお気に入りの石楠花の下を掘り起こした。
土はとてもやわらかく簡単に木箱が出てきた。
「ひさしぶり、母さん」
僕は母さんに挨拶をして、敏明さんも一緒に入れてあげた。自分で殺したくせに、寂しくなるのはなかなかよくわからない感覚だったけれど。もう十分だろうと思った。
僕は咲いている赤い石楠花をぷちぷちとちぎって、一緒に入れてあげた。夜通し、ぷちぷちとちぎって入れた。赤い花で二人はとてもきれいに彩られた。
木箱からは赤があふれていた。
「とても、きれいだね」
赤い石楠花がひとつもなくなってしまったその下に、元通りに埋めなおした。
僕はそのまま学校へ行き、放課後島田に声をかけられた。
「大丈夫かよ?」
「ああ」
「そうか?」
「ああ、でもちょっと、具合がわるいかもしれない」
「送っていくか?」
「いや、もうしわけないから」
「いいよ」
僕の視界はぐらりと揺れて、そして島田は僕の腕をつかんだ。
僕はそっとそれを確認し、口の端だけで笑って、彼を家へと招き入れた。
お茶でも出すからと、僕は彼を引き留めて、お茶を出しながら隣に座った。
「ここに、赤い石楠花が咲いていたんだ」
夕暮れ時だった。
寒くはない、むしろ少し熱いくらいのその日、僕は彼を捕まえる。
「死体と一緒に埋めたんだ」
ざあっと風が鳴った。僕は背筋に歓喜の震えを感じていた。島田の瞳が強く僕をとらえていて、もうたぶん、彼は僕の手中に落ちてきていた。
了
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