30Days物書きチャレンジ29日目❺

Twitterでやってる創作遊びの続きです。29日目「リプで貰ったタイトルからSS2000字」今日は八個のうちの五つ目です。

❺タイトル『朝露が消えるまで』

引き続きMIYAKO&Jさんから頂いたお題です。サヨナラタヌキという自作の後日談として書きました。(本編kindleで配信中です)なので未読の方はさっぱり訳が分からないと思います。スイマセン…そして MIYAKO&Jさんが未読だったら本当にごめんなさい…。でもこのタイトルは何となく主人公二人の儚さに合っている気がしたので遠慮なく使わせていただきました 。綺麗なタイトルをありがとうございました。

──……風。

よる明け切らぬ4時47分13秒、窓の隙間から微かに吹き込む冷気に秋は目覚めた。傍らで寝息を立てる美哉が布団を被っているか確認し、身体が……もうひとつの命を宿した腹部が冷えていないか、自分の手のひらが37.2℃あることを感覚で計って、触れてみる。
 寝巻きに包まれたそこはほっこりとあたたかく、とくんとくんと刻まれる鼓動は秋をこの上なく幸福な気持ちにさせた。ここに命がある。分刻みで愛を感じ、何度抱き締めても足らぬ存在と、自らが融合して生まれる命がある。

 あと半年。半年経てばこの命は生まれ落ち、触れて抱くことが出来るのだ。秋では無く美哉でも無い、だがそのどちらでもある存在を、腕の中に。

──……ダメだ。心拍が上がりすぎてる。

 想像だけで昂る心臓の音が彼自身にしてもあまりに煩く、美哉の眠りを妨げやしないかと心配になった。
 秋は慎重にベッドを抜け出し足を忍ばせ、六畳ほどの寝室から、古びて歪んだガラス窓の並ぶ縁側へ向かう。大きな窓を開け放てば、薄暗く、朝もやで霞んだ大地が広がった。ガラスに触れた手はぐっしょりと濡れ、激しい結露に驚いた。今朝は一段と冷えたらしい。まだ九月になったばかりなのに、さすがに山あいは気候が違う……。実感しつつ、秋は政府の監視から逃れた末に潜り込んだ集落の、そこからまだぽつりと一軒だけ離れた古民家の持つ、広大な庭を見やった。手入れのされぬ雑木林の手前には、かつて畑だったらしいぼこぼことした土地がある。

──目測987.5メートル四方……約10アールか……そして野原……ヒガンバナ、アキノノゲシ、タカアザミ……と。

 好き勝手に咲く花々は美しかった。けれど秋は、それより一層、目を惹くものに心を奪われた。

──……。

 造られたαである秋の特殊な瞳は、彼が意識すれば、一般の人間とは大きく異なったものを視ることが出来る。広角レンズと望遠レンズとマクロレンズ、全ての機能を同時に展開することさえ可能な秋の眼球とそれを処理する優秀過ぎる脳は、なんということのない雑草らを、昨夜の天を写し取ったかの如くきらきらと輝かせて見せた。
 ぴんと延びた葉の先に、ぽつぽつ宿る水滴は、限りなく透明だ。小さな花々を、その球体に閉じ込めたものもある。
 放射冷却がもたらした自然現象……ただの朝露であると分かっている。けれど素晴らしい。これほど美しい自然の造形を、秋は見たことが無かった。

──見せたい。日が昇り全てが消えてしまう前に、美哉にも……。

 秋は自分しか見られない光景であることをすっかり忘れ、起こしに戻ることを決め──ぎしりと鳴った木板の音に振り返った。 

「なに、しとんの……?」

 寒かったのだろう。秋の大きなカーディガンを羽織り、腹を包んだ美哉が立っていた。

「あ、ごめん……実は、」

 詫びながら事情を説明しかけるより早く、

「……わあ……! 綺麗じゃな……! キラキラしとる」

 美哉は歓声を上げ、垂れ気味の瞳を大きく見開いた。秋が言葉を失ったものと同じ感動が、その表情に表れていた。秋の心はまた、幸福で一杯に満たされる。

「……ほら、お前も見とき……あたらしい家は、ええ家じゃ……」

 カーディガンの前を開いた美哉に、秋はぐっと唇を噛んだ。迂闊なことをして目立ち、勤め先からも住まいからも追われる身になった自分を責めることなく、美哉はついて来てくれた。

 どこからともなくやって来た何者かに「成瀬秋君を渡してください。決して彼にも貴方にも、悪いようにはしませんから」と示された素晴らしい条件も、頼むから別れてくれと泣く親も、半ばだった夢さえも、何もかも捨てて自分と共にあることを選んでくれた。

 美哉に改めてふかく激しい愛が募り、秋は操られるように後ろから、小柄な身体を抱きしめる。

「痛っ……自分の腕力忘れるなよ」
「あ、悪い……」
「別に悪くないよ……秋のせいじゃない……でも抑制剤は……ここでは作れんやろ……だから、気をつけてな……」

 美哉の視線は、朝露が散りばめられた野原に遠く向けられていた。ほんの少し、切なげではある。けれど──決して弱くはない。

「僕はここ……好きだ。海が見えんのは初めてじゃけど……来て良かった」

 未だ結婚を許されず、何の社会的保証も与えられてい

ないこの状態に、不安が無い筈ないのに。

 引っ越す時もそうだった。

『物は極限まで減らすで! 身軽にな! どうせまたすぐ引っ越すじゃろ』
 気に入りの毛布だろうが食器だろうがなんだろうが、美哉は容赦なく処分した。
『これも……?』
 惜しくて逐一確認する秋は、眉根の寄った無言の顔で何度咎められたことだろう。
『あ、それは持ってく……』
 なのに大きなウミウシのぬいぐるみはオーケーで、つい笑ってしまった秋は、それにも叱られた。
『誰のせいであっという間に引っ越しだと思ってるんだよ……いい街だったのにさ! 特に水族館は最高だった! だから持ってく!』
 秋はゴメンナサイと言いながら、必死で笑いを噛み殺した。美哉がかわいい、愛しい。柔らかな頬も、ことあるごとに少しだけ膨らんだ腹を両手で支えて「この中身だって自分の味方だぞ」と偉ぶる態度も、たまらなく愛しい。

 だから今度こそ。

「畑ちゃんとして……いっぱい、種撒こう……あの井戸だって、きっと使える」

 秋はでこぼこの地面と、その逆側にある錆びた手動ポンプを指差した。もう逃げなくても済むように。出来る限り他人に会わずに済むように。ここで、三人で暮らす。
 このあちこちガタがきた古民家を、かつて幼い二人が夢見てノートに書き連ねた「僕らの家」にする。

「楽しみだな……秋の能力が戻って良かったって、僕に思わせてな?」
「任せといて……必ず、する……」

 美哉は秋に、蝶が蜜をついばむような口づけをした。応える秋も同様に。

 けれどそれは次第に深くなり、秋は濃密に唇を合わせ、舌を絡ませる。そうして美哉の身体に長い腕を絡ませ、衣服の下に指を潜り込ませた。飽き足らない秋は、ほぼ抱き上げるようにして、美哉を寝室に誘ってゆく。

「ちょ、……っと」

 秋は数分前の反省を、もう忘れてしまっている。

「あ、……あき……、だめ……赤ちゃん、つぶれる……」
「……、ごめん……でも、……」

──止められない──。

「あ、……も……っ……あとで……覚えてろ……よ」

 深く折り重なる山の稜線を滲ませ雑木林を透かしながら、太陽が昇る。その輝きが、朝露のおりた庭を一層輝かせている。 

 けれど愛を交わし合う彼らはそれをすっかり、見逃してしまっていた。

 

 

 

 

 

おしまい

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