30Days物書きチャレンジ29日目❹

Twitterでやってる創作遊びの続きです。29日目「リプで貰ったタイトルからSS2000字」今日は八個のうちの四つ目です。

❹タイトル『君の指先まで3センチ』

引き続きMIYAKO&Jさんから頂きましたが、どうしてこうなった、と言う仕上がりです。明日はタイトルから連想されそうなBL を目指すのでご容赦ください。人外ファンタジーです。エロ全くなしのバッドエンド。

「返却は6月20日までにお願いします」

 爪の無いつるりとした6本指が、僕に本を手渡す。滑らかなその指は夕焼け空のような橙色をしていて、黒い表紙によく映えた。
 一方、受け取る僕の鱗に覆われた10本指は、醜いことこの上ない。鱗の形は不ぞろいででこぼことしており、つい先日ようやく閉じられた、魔界が空に開けた大穴──亜空間ホールの禍々しい色によく似ていた。

「は、はつか、ですね……わかりました。おかりします」

 鋭い爪が本に傷をつけぬよう、細心の注意を払って受け取った。
 再び視界に入る彼の指と僕の指。その距離約3センチ。たった3センチ先に彼がいる。うっかり触れてしまうだけで、傷がつき青い血を流す繊細な指がある。
『痛い』
 きっと彼は透明な声の悲鳴を上げ、美しい三つの瞳を歪めるだろう。そうして……どうするだろう。睨むか、怒るか、怖がるか……誰かを呼んで、僕の不注意に罰を与えさせるか──考えるだけでぞくぞくどきどきした。「ごめんなさい、ごめんなさい」地面に頭を擦り付けて僕は謝る。「もういいよ」と言われるまで……。彼が、日付以外の言葉を僕に告げるまで。
──……ああ、話がしてみたい。もっと声が聞きたい。
 僕の欲はむくむくと育ち、逃げるように図書室を後にした。20日なんて待てない。「週一度」の最短単位で、また会いに行こうと思う。とにかく僕は彼が恋しくてたまらず怖い。いつか、何かをやらかしてしまいそうで。だから3センチ。3センチだ。

 図書委員の彼はこの世界の上位に君臨する尤(ユウ)魔族だ。姿かたちが美しく、何もせずともこの学園に入れる由緒正しさと、通常試験をパスする知力を持っている。しなやかな体つきからは想像もできぬ、強い魔力まで備えている。

 僕の方はといえば、撰(セン)魔族……裏では卑しさを意味する「賤」の字をこっそり当てられ呼ばれている、錬金の力のみが特化した種族だ。僕らには、そこらへんの石ころだって、宝石やなんかの価値ある石に変えられる力がある。よって、僕らはたくさんお金を持っている。だから、学園に入学出来て、こうして彼から本を受け取ることが出来ている。
 僕は、醜い僕もそれだけの能力で生きる僕の種族が嫌で嫌でたまらなかった。だけどこうして毎週彼に会えるから──この学園は種族ごとに校舎が違うけど、図書館だけは同じなのだ──それだけで満足している。

「今日も、綺麗だったなあ……」

 何を書いてあるんだか分からない本をぺらぺらとめくり、僕はうっとりため息をついた。僕は彼の種族の文字を知らないからこの本を読めない。でも、その流水を切り取ったような文字は彼そのもののようで、彼を見る時と同じように、魂が昂った。

 ところがだ。僕は唐突に退学させられた。僕だけじゃない。学園の約半分の種族が、退学させられた。

 世界は、二つに分かれてしまったのだ。「御前様」と呼ばれるこの世界を何百年も平穏に保ち統べていた方が演説の途中で何者かに殺害され、その手口が僕ら撰魔族と同系の衝(ショウ)魔族の力だと思われたからだ。彼らはとんでもない腕力を持っている。ヒト族がたくさんの材料と細かな手技を使って作る「銃」という名の「武器」程の威力を持って、ほんの小さな石を投げられる。
 御前様の眉間を貫いたのは、小さな石の欠片で──僕ら撰魔族が加工した、ゲーモ・カーミニという最も硬度のある石だった。だから、御前様を殺したのは僕らと彼らに違いない──そう、糾弾されたのだ。

 しかしそんなことはありえない。この世界の者達は皆……勿論僕だって、御前様を神のごとく慕っていたし、衝魔族も関与を否定した。どこの阿呆がすぐばれるようなことをするのかと反論し、それはお前たちの知能が低いからだと言い返され──当初はまともな「捜査」の形をとっていたものは次第に子ども同士がする「犯人狩り」の様相を呈してきた。
 そして、このままでは戦争になると危惧した尤魔族の提案で、御前様の一族が持つ「選別」の能力をもって、世界に線が引かれた。土地と種族がその能力と居住率に従い真っ二つに分けられて、これまで隣人だった家族は去り、代わりに移り住んで来たのは僕らのような、「知力の低い」者たちだった。

 雑然とした世界に変わってゆく中で僕らは知る。これはきっと、彼らの──尤魔族に類する知能の高い者達の、陰謀だったのだろうと。僕らは忌み嫌われていたのだ。「賤」の字をあてられたのと同じで、僕らが思っていたよりももっと、強烈な嫌悪をもって。その中に図書室の彼が入っていないことを願う。僕は、切にそれを願う。

 返し損ねた本を胸に抱き、僕は涙で寝床を濡らした。二度と会えない、きっと、会えない。たった3センチだった距離は今や、何千キロにも及ぶ高い高い魔の壁で、囲い尽くされてしまった。

 それから十数年の月日が経った。僕はいつか壁がなくなることを夢見て、必死で勉学に励んだ。「知力が低い」とはいえまだマシな越魔族に教えを乞うて、彼らがどこからか入手してくる壁の向こう側の様子を知った。

 月日が経ち、僕らは僕らで困っていたけど、彼らもまた困っていた。いくら知恵があろうとも、彼らに石ころを別の物体に変える術はない。どうやらあと数年で、天然燃料が尽きてしまうらしい。それを足掛かりに壁を壊せないか──僕はもう大人だったから、その交渉グループを募って形成し、壁の向こうへ贈り物をした。沢山の、固形燃料だ。

 しかし、それらは突き返された。彼らは彼らの優れた能力で、あるガスを作り出すことに成功していたのだ。圧縮した後噴するそのガスは、固形燃料の何百倍ものエネルギー源になるそうで、僕らの努力は無に帰すこととなった。しかし僕は決して諦めない。何か他の方法で……この前のように、弱味につけこむような手段は使わずに──。

「大変だ……! 壁が壊れた……!」

 そしてある明け方、僕らは閃光と轟音にたたき起こされた。向かえば、確かに壁が跡形もなく壊れている。そしてその向こうには──何もない。あったはずの彼の世界が、丸ごと消えてしまっていた。犯人は彼らが作り上げた圧縮ガスエネルギーだった。何らかの暴走だろう──かつて美しかったであろう崩れ落ちた街を調査し、僕らはそう結論づけた。美しいモチーフの欠片、壁画の欠片……僕らの種族がどう足掻いても手に入れられない芸術を、僕らは泥棒のごとく集めて回った。僕も熱心に泥棒に加わった。探しものは、芸術品でなく残骸だ。飛散した彼らの死骸の中から「彼」を探し続けた。

「ああ、あった……」

 そして僕は見つけ出した。橙色で、滑らかなその小さなものを。間違うはずがない、焦がれ続けた彼の指先だ。3センチ先にあったものが、二十年の時を経て僕の手の中だ。 

「やっと触れられたな……弔いをしよう」

 僕の想いを知っていた友人に、ぽん肩を叩かれる。しかし喜びはどこにもない。
 悲しみならば、山のごとく積み上がった瓦礫と死骸以上にあるけれど。

 3センチのままで良かった。
 何キロ先であっても、良かったのだ。

おしまい

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