30Days物書きチャレンジ19日目

Twitterでやってる創作遊びです。19日目、字数が多くなったのでこちらに投稿致します。

19日目のお題「魔法使いと学者のバディもの」

バディものって何だろう、こんな感じかな……で書いた5000字ほどの短編です。BLですがエッチな場面はありません。

Title:「何」が彼を殺したか


──風の権威、気勢……我が掌に集え……我が力をもって……望みを果たせ……

「rüzgâr!」
「……おっと危ねえ」

 なるべく短くなるようほぼ心中で詠唱を終えるよう工夫したにも関わらず、風の櫛刃は俊敏に躱された。
 詠唱対象はこの築300年、しかし堅牢な造りのアパートに住まう隣人のシュビラート。ぼんやり屋に見える癖に案外俊敏だと、魔法使いのハトゥールは舌打ちする。

「おはよう! シュビラートさん!」

 苛立ち紛れで大きな背に声をかけると、ゆったりとこれも大きな手が上がりひらひらと振られ「おはようさん、黒ネコちゃん」の挨拶と同時に扉の向こうに収まった。

「ふん……ケチ学者」

 素っ気ないとは言っても毎朝魔法を唐突に仕掛けても挨拶が無視されることは無いから、ハトゥールは彼に嫌われてはいないと思う。嫌われているのは、彼の「魔法」だ。

 ハトゥールはたった一度見たきりの、無精髭を剃り落とし髪を整えたシュビラートの凛々しさが忘れられなくてこうしている。
 魔法を使って彼の容姿を瞬時に整えて麗しい姿を拝ませて頂くべく、毎朝彼が起き出す音に飛び起きては共用洗面台に向かう彼に向かって風の魔法を放つのだが、一度たりとも上手く行ったことは無い。

「……しっかし、平和だなあ、人間界は……」

 ハトゥールは伸びをしながら、今日一つ目の仕事、大木に登りきったはいいが降りられなくなった愚かな子猫を魔法でそうっと持ち上げて下ろす、という仕事を終えた。

「ニイニイ鳴く声が夜通し心配でたまらなかったよ」

 涙ながらに礼を言う地元民に渡された報酬で昼食と夕食を調達し、逃げ出してきた魔法界での毎日を思い出す。
 
 そこではいくつもの宗派に分かれた上にさらに枝分かれをして意味不明になっている5つの魔法族達が、日々魔法でやりあっていた。気に入りの店が突然襲撃されて骨組みだけになっていたり、大好きだったカフェのスコーンが口にいれる寸前にトゲガエルになって大怪我したこともあった。ハトゥールがどこかの流派に恨まれそんな目に遭ったわけではない。その店主が属する流派のいざこざに巻き込まれただけだ。顔の下半分を包帯でぐるぐる巻きにしたハトゥールは、その日のうちに荷物を纏めて結界門をくぐった。

 人間界は魔法を作り出すアルマと呼ばれる力の流れがとても弱い。ハトゥールは若いが素質があり、まあまあの腕前の魔法使いとして名が通っていたけれど、ここではもっぱら弱い魔法でことが足りる便利屋として生計を立てている。(ちなみに彼は美しい姿形をしているが、体は売ってない)そして、移住して三ヶ月、そろそろ恋人が欲しかった。彼の元恋人は、ハトゥールが流派に属して戦わないことを良しとせず、彼を振ったのだった。

──シュビラートさん、髭と髪……ちゃんとしてくれたら滅茶苦茶好みなんだけどなあ。なんかボヤッとした感じも好きだし。

 ブツクサ言いながらアパートに戻れば、なんだか目当ての彼の部屋が物々しい。見れば警察の腕章をつけた男二人と、扉の側で立ち話をしていた。

「え? 死んだ……確かに、俺は彼を知ってるが……何故」

 死、という物騒な言葉と、その死人がシュビラートの知人とあっては聞き逃す訳にはいかない。ハトゥールはそうっと魔力で微かに浮かび、足音も風音も立てぬよう近づいて、彼らの話に人型の耳をネコ型に変えてピンと立てた。「黒ネコちゃん」シュビラートが彼をそう呼ぶのはこのせいだ。ハトゥールはネコに姿を変えられる。魔法界ではネコでいた方が色々と楽だったから、ほぼネコでいたけれど、ここでは耳が精一杯だ。

──完全なネコ型になれば、シュビラートさんの家に忍び込めるけど。アルマが足りないしなあ……。

「そんな……」

 シュビラートの絶句にハトゥールは目的を思い出した。そして、事の次第を知った。平和だと思われた人間界にも、事件が起こっていたのだ。

 ある貴族の家が老朽化により移転することになった。新たな屋敷の建築を担ったのが有名な、そしてシュビラートの友人でもあるデザイナーで、さあ完成して引き渡し……となった正にその朝、家主の寝室で息絶えていたそうだ。外傷はなし、毒物の反応もなし、病気があった履歴も何もなし。
 完成を祝う前夜祭で、デザイナーは朗らかに一家と笑っていたのだ。「素晴らしい屋敷が出来た、これから千年住んでもらえる屋敷だ」デザイナーはとても満足げで、施工主である貴族もとても楽しみにしていた──にも関わらず、この他殺とも自死ともつかぬ不可解な死だ。自然の緑とアンティークと新しさが見事に融合した屋敷は、鉄骨と白布で大きく覆われ立入禁止になっている。もう、貴族が転居することは無い。

「シュビラートさん……体に残らない毒、なんてものがあったりするのかね。あんたは植物学者だろう?」

 警察は事情を聞きがてら、シュビラートに知識を求めてもいるようだ。

「会えるかい」

 友人の死に驚きつつも、彼は原因を知りたがっていた。
 うなだれた口から放たれる低い声には、

「誰かが奴を殺したのなら許せん……それも、大仕事をやり終えた直後になど……」

 静かで大きな怒りと、

「奴が自ら死を選んだなら……尚更知りたい。それほど遠い仲では無かった」

 それよりも深い、悲しみが見て取れた。 

「あ、あの!」 

 案内されるシュビラートの前に、ハトゥールが立ち塞がるように走り出たのは、ほとんど衝動だ。

「……俺、魔法使いなんです、何か、役に立てるかも…! 一緒に行けないですか」

 目を丸くした刑事は口を揃えてダメだと言ったけど、意外なことにシュビラートが味方してくれた。

「こいつは結構役に立ちますので、是非」

 ハトゥールの魔法のことなどネコの耳と風の悪戯くらいしか知らないはずなのに、何故──不思議に思いながらも、ハトゥールはいそいそ後をついて行った。ここで何か役に立って、シュビラートとお近づきになりたい……そんな邪が確かに少しあったけど、とにかく力になりたかった。シュビラートの悲しみが和らぎ、いつもの朝を……明日は無理でもいつかそんな朝が来るように、純粋に力になりたかったのだ。
 ハトゥールは移動中、この少ないアルマを使って自分がどう役に立てるかを必死で考えた。そして、シュビラートと刑事に捜査や故人について、色々尋ねもした。

「変わった子だな、まだ15やそこらだろう。人間界にいる魔法使いってのはだいたい変わり者で、こんなにペラペラ喋って若いのは珍しい」
「可愛いのもな! ひょっとしてシュビラートさんの恋人かい」

 ここぞとばかりにハトゥールは「そうです」と前のめりになったけれど、シュビラートは「寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ。黒ネコの子猫じゃねえか」とすげなく言っただけだった。
 魔法使いは外見の成長が遅い。ハトゥールにしても本当は25歳だったけれど、それを今言ったところで答えは変わらなそうで、ハトゥールの拳には俄然力が篭る。なんとしても役に立ちたい。

 車中での推理で有力だったのは、勢いの良い貴族を妬んだ嫌がらせ説だった。また、財政がやや厳しい王政が貴族の領地を取り上げたいがためにスキャンダルをおこした可能性も話された。

 人気も実力もおありだからな、トニトルス卿は。王が目障りに思われた可能性はゼロでは無い。王自身がそうではなくとも、王を心酔する者の企てかもしれんしな──トニトルス卿は今どうされてる?──そりゃ気落ちしてるさ、古い屋敷から出てこない。もしあれが卿を追い落とす為の殺人なら、真相を究明してやらねば、犯罪者の思う壺──。

 ハトゥールは彼らの話を聞きながら、手を開いたり握ったりする。時戻しをすれば簡単だけど、どう考えてもアルマが足りない。
 ここで、この人間界で、彼ができるとしたら……。

「あの、シュビラートさん、シュビラートさんは、亡くなったデザイナーさんとお友達だったんですよね」
「ああ、そうだよ」
「なら……僕が……」

 ハトゥールの提案に、シュビラートは驚いた。そして、眉間にしわを寄せ、それきり黙ったままでいた。遺体と対面して様々肉体を調べている間も、検死した医師の話を聞く間も、ずっとその表情のままでいた。
 デザイナーの死に顔はあまりに美しく、ハトゥールは悲しい気持ちになった。この人が自分で死ぬ筈がない、きっと何らかの手段で殺されたんだ……悔しさに小さな唇を噛んだ時だ。
 シュビラートが、低い声で告げた。「毒だろう」と。そして舌を噛みそうなとても珍しい植物の名前と毒の話をし、いつか自分が話して聞かせた記憶がある、とくしゃくしゃの頭をさらにくしゃくしゃにした。

「畜生……なんでまた……」
「では……自死ということですか」
「……おそらくそうだな……俺は彼に口止めをしていた、彼は約束を破るような人間じゃない……しかし、知っていても手に入れようとするならば、相当の苦労があったはず」

 刑事に入手経路となりそうな幾つかの道を告げると、一人の刑事が俊敏に出ていく。その姿を見送って、シュビラートは言った。「決まったよ」と。

「ハトゥール、君の魔法で一つだけ死者に質問ができるのだな。その質問が決まった」

 ハトゥールは何と聞くつもりなのかと考えつつ、シュビラートと残った刑事の片割れと共に、デザイナーが死んだその場所へ向かった。
 しんと静まった寝室は、東南を向いて日差しをいっぱいに浴びていた。透明な窓はせり出して、人間界の雑多を背景に、昔の魔法界を思わせるクラシカルな庭園が前景とした、素晴らしい景色をより大きく広く見せていた。ここで人が死んだなんて信じられない。有力な貴族がこの先千年、寝起きをするのにふさわしい設えだった。

「では、ここへ魂を招きます……彼が拒めば彼は来ません。来たとしても質問は一つ、答えはイエスかノーのいずれかです。二度はできません、いいですか」
「分かった」

 ハトゥールは、その必要はなかったけれど跪き、天国への階段を上りつつある魂を引き止める。お願いです、どうかどうか、何も言わずに逝かないで……その思いを込めながら。

「あ、ああ……」

 男二人の声で、デザイナーが招きに応じてくれたことを知った。ハトゥールと刑事が息を呑む中、シュビラートが尋ねたことは──。

++

「凄い……ですね」
「そりゃ卿は出てこなくなるな、来られんなあ……」

 ハトゥールと刑事が話すのを、シュビラートは車の窓に視線をやりながら吐息した。

「……毒を手にしながら造っていたのか……最後まで、迷っていたのであって欲しい……そして、その道を選ばないで欲しかった」

 その言葉尻が滲むのを、ハトゥールも刑事も聞こえないふりをした。

『卿を愛していたのか?』

 シュビラートの質問はその一言だった。そして答えは「イエス」。デザイナーは、施工主である貴族の愛人かそれに近い存在だったらしい。自らのデザインした屋敷で、その寝台で、卿と夫人が眠ることが耐えきれなかったのだろう。それは、これから卿への聴取で分かる。そして、おそらく結果は誰にも知らされない。
 あの芸術品のような屋敷は、いずれ取り壊されるだろう。

「もったい、無いねえ……」
「全くだ……見たかハトゥール、あの天井まである扉付きの壁面書架を。卿が勉強家であったなどという話は聞かない。そうであったのは……俺の友人だ」
「……類は友を呼ぶ……」

 呟いたハトゥールは、アパートの廊下で頭を叩かれた。そして、そのままくしゃくしゃと頭を撫でられた。

「助かったよ……で、お前は毎朝俺に何がしたくてちょっかいをかけるんだ」
「え?」
「何だか知らんがその相手をしてやると言ってるんだよ……今回の礼だ」

 しんみりしていたハトゥールの顔は瞬時に輝いた。
 そして念願叶い、シュビラートに無精髭を剃ってもらい、髪を整えた姿を見せてもらうことができた。

「かっこいいねえ……」

 うっとりしたハトゥールにシュビラートは若干耳を赤くして、おっさんを揶揄うもんじゃ無いと、またハトゥールを子供とネコ扱いしたものだから、ここぞとばかりに彼は叫んだ。

「こう見えて、僕25歳なんですよ! シュビラートさん! 25歳です! 子どもじゃないです!」

 それから、無精髭とくしゃくしゃ髪は相変わらずだったけど、シュビラートは前より少しだけハトゥールと仲良くしてくれるようになった。

 そして──。

「……そいつのことは知らんよ」

 度々、シュビラートの元を刑事が訪れるようになった。「また協力してくれませんかね、ほら、あのかわい子ちゃんと一緒に……」便利屋魔法使いハトゥールの仕事もまた、ほんの少し、増えたのだった。

おしまい
 


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