The Laundry

Twitterでながひろさんが「コインランドリーで出会う二人の話を書きたい」と仰っていたのを聞きつけて「書いてみたい」と言ったところ、どうぞどうぞということだったので書きました。(その話したの二年ぐらい前)ながひろさんは主人公のお名前も考えていらして、それも借りる予定だったのですがどうしてもそのやり取りが見つかりませんでした。そして趣旨もだいぶ変わっております……が、「コインランドリーで出会う二人の話」であるのは確かです。R18 描写はありません。3000字弱。

──視線を、感じる……。

主に背中側からだ。耳につけたイアホンからは野球中継の熱い実況が流れ込み、目は八回裏、ツーアウト二塁三塁、ツーストライクスリーボールの局面に釘付けだ。

しかし、それよりも背中側から感じる視線が熱い。どうやら、俺のスマホを覗き込んでいる輩が居る。まあ「輩」と言っても、いつでも煌々と明るいこのコインランドリーに入った時点で居た、黒髪の若者に違いないが。

それにしても、俺が入るとほぼ同時に乾燥機から洗濯物を引っ張り出していたから、とっくに出て行ったものと思っていた。なのにまだ居て野球の覗き見とは。

──自分のスマホで見ろよな……。

気にはなるが、まあいいか、とバットをくるりと回すバッターとマウンドを均すピッチャーに息を飲む。三連戦の最終戦、現時点でリーグ一位二位を0・5ゲーム差で争う大事な一戦だ。後ろを気にしている暇は無い。

──打てよ、打てよ……男上げろ、(よし)(かわ)

「打つなよ、マジで打つなよ、善川……今だけ一割バッターになれ」

「は?」

「あ」

反射で振り向いてしまったその時、悲鳴と歓声が入り混じった声が聞こえた。慌てて画面に視線を戻せば、ガッツポーズをしてマウンドを降りるルーキー投手の姿が大写しになっていた。打ち取られた場面を見逃したのは痛いことではないし、打ち取られたことだって覗き見の所為ではない。分かっていたが、一言いわずにいられなかった。

「……お前なあ……!」

「あ、スンマセン……もしかしてお兄さん、巨人ファン……だった?」

「……ぉ、おお……」

それが、彼との出会いだった。

目が吸い込まれる、という経験を、俺は生まれて初めて味わった。

それから俺の洗濯がすっかり終わるまで、彼の整いすぎた容姿にやや浮わつきながら、野球談議を楽しんだ。一段落した頃「あ、覗き見初めてじゃないっすよ」と俺のホカホカ洗濯ものを畳みながらこともなげに言われて驚いた。

ちょくちょく、俺をここで見かけていたらしい。その度彼は、野球中継を覗き見していたそうだ。但し、俺がいつも座るベンチの背後、二つ並んで置いてある椅子から。

今夜はどうしても近くで見たかったとはにかむ彼は、本当に野球好きらしかった。プロ野球中継をスマホでリアルタイム視聴するには、月額数百円を支払い専用チャンネルに加入する必要がある。彼はそのチャンネルに加入していない──「う? そうじゃないす……俺、スマホありません……てゆうか、基本家ありません」

俺は世界最大の「は?」で応じた。

「い、家無いって……君いくつ。まだ十代だろ?」

「ギリ十代っすね。再来月ハタチっす」

「……どこで寝てるんだ?」

彼はいろいろ、と投げやりに言った。金が手に入ればネカフェに泊まり、無い場合は泊めてくれる人に偶然会えないか、人通りの多い場所で「待つ」。そして誰も見つからなければ、公園で一夜を明かす。コインランドリーに来るのは、週に一度か二週間に一度。その毎回に、何故だか俺が居るらしい。

「でも、俺そんなキタナクないっしょ? 泊めてくれる人が洗わせてくれたりとかもあるから、……そんで、その人の分も洗って畳んで、小遣い貰うんだ……で、その金無くなるまでネカフェ」

──その小遣い、洗濯代じゃねえだろ……。

突っ込んでいいものか迷い、こんな少年が居たことに今の今まで気付かなかったことにも驚いていた。素直に口にすれば、そりゃそうだ、と彼は笑う。

「お兄さん、いっつも野球に夢中だもん。入って来ながらスマホだし、洗濯もの入れながらスマホだし」

「いや、今日は君が居ることには、き……」

気付いていた……けれど、「若い子」程度にしか認識していなかったことは確かだ。俺にとってここは苦手な家事を溜めに溜めて来るだけの場所で、会社終わりに来ると時間帯的に野球中継に被る。それなら野球の無い月曜日に来れば良い訳だが、なんとなくここで見るのが好きで……。

「いやいや、それは置いといて、家無いのはともかく、バイトもしてないのか?」

彼はその年齢に似合わぬ様子で「ふ」と鼻で笑った。

「俺みたいの、雇ってくれる店ヤバいとこしかないっす。そういうのはヤなんで」

ヤることは同じでもさすがにプロになんのはね、と付け足して彼は几帳面に畳んでくれた俺の洗いあがりのてっぺんを叩いた。気に入りのカットソーだ。カーキよりのブラウンで、とりあえずそれを着て適当にジャケットを羽織れば、なんとかなるという優れもの。

「カッコイー色……生地もいいし……お兄さん、もしかしてお金持ち?」

じ、と巨大な瞳が顎のあたりから見上げて来る。「いろいろ」なところで寝る、という意味を、俺は完全に察していた。

「……残念ながら……普通……ていうか、金持ちなら徒歩でコインランドリー来ないだろう」

「そっか、俺にしたら、家とスマホあるだけで十分金持ちだけどな」

すっと彼は立ち上がり、右肩に引っ掛けたリュックの背中を向ける。

「まっ……」

俺は咄嗟にその腕を掴んでしまった。考えは無い。無で掴んだ。

「……なんすか? 覗き見代だったら洗濯畳み代でチャラっすよ。寄越せって言われても金無いし」

困った。困った、引き留めてどうするつもりだ。

「う……ウチ、すぐそこだから……食器洗いと、掃除頼めないか」

思い付きにしては、悪くない誘いだった。実際、俺の部屋はヒドい。

彼の大きな瞳が驚きの形に見開かれる。何故俺が吸い込まれたか……「美しい」以外の理由が分かった。彼の瞳には、無垢と虚無が同居している。

「もしかして、泊めてくれたり……したりして?」

ふ、と肩の力が抜けた。あまりにも無防備だ。悲しいほどに。

「いいよ」俺の口は、突然滑らかに動き出した。

なんなら、今シーズンのリーグ戦を見届けるまで泊まっていくといい。

洗濯がてら、ここで野球を見てもいい。

「飯も用意するよ……小遣いは、そんなにはやれないけど」

「……あは……ヤッタ……! 神様じゃん!」

彼は破顔したが、俺にとっては彼の方がよほど神がかった存在だった。

何せ、俺は画面の向こうにしか愉しみがない、恋人の一人さえ作れない、会社と家を往復するだけのつまらない男なのだから。

「俺は関……君はなんて名前」

「ミナミ」

漢字を聞けば、美しい波、と書くそうだ。

「っても、書けないし読めないんすけどね……だから使えるキカイも洗濯機だけっす。掃除機の使い方と、掃除の仕方教えて欲しいっす」

「……ああ、勿論……」

畳まれた形を崩さぬよう、衣服を巨大なランドリーバッグに入れながら考える。さっき咄嗟に掴んでしまった腕の意味をだ。

残念ながら、あの時の俺は大人の義務や同情でそうしたのでは無かったと思う。かといって、彼に「小遣い」をやり洗濯させた誰かや誰かのような目的では決してない……と誓う。

今、誓った。

明るいランドリーを、大荷物を抱えて並んで出る。外気は夏の気配を強く残し、生温く蒸している。

「あっちい」

美波は犬のように舌を出し、Tシャツの胸元を引っ張りパタパタとあおいだ。細い首だ。くっきり浮き出た鎖骨が、痩せた身体が、首元から覗いている。 

マンションに着いたら、乳脂肪たっぷりのアイスクリームを食わせてやろう。 

END

続編→The laundry・After

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