(後日談)転生二回目彼氏

「ああ! もう! 上手く出来ないっ~~!」

 癇癪を起こした7歳の奏多がコントローラーを投げ出した。必死に操作するけど、手が小さくて思う通りにならないのがもどかしいらしい。

「しゃあないやろ、投げんなや……コントローラー君が痛いやろ」

 ぽんぽんと頭を叩くなり、ふくれっ面で「子ども扱いすんな」とキレて来て、それがおかしくて笑うと余計に腹を立てた。

「うっ……ぐすっ……ふえっ……ちくしょう、ちくしょうっ」

 子ども扱いされたくなければ泣くなと僕は呆れるけど、本人も制御できないらしい。

「なんで、ウグッ……こんなことで泣いちゃうんだろ……ダセエよ俺……でも、……我慢できないんだようウエエエ」

 子どもになって戻って来た奏多は体の大きさだけでなく感情のコントロールレベルもしっかり子どもになっていた。涙をこらえようとして喉を詰まらせる奏多のことが、僕は可愛くて仕方ない。

「トモ……トモ、えっちしようよお……チンコ舐めるだけでもいいからあ」
「無理にもほどがあるわ。お前相手に勃つかどうかより倫理観が許さんねん……まあ、僕の身長追い越したら考えたるよ」
「うええええ! やだああ! この身体もうやだよおお! オッサンに戻りたいよお!」
「そこは元の奏多目指そうや」
「抱っこ、トモ、抱っこ」

──……これリアル7歳より幼ないよな?

 いそいそ膝に乗っかって抱きついてくる小さな頭を撫でる僕は、転生一ヵ月目にして既に父親気分。果たして心身の成長が著しく遅れたこのチビッコと恋人同士に戻る日が訪れるのか、甚だ疑問だ。

 その感情は思いの外強くて、もしも年頃になった奏多がオッサンになった僕を選ばなくてもいいって思うくらいだった。もはや目の前のチビッコが桐ケ谷奏多の生まれ変わりなのか本庄叶人なのかもあいまいだ。

 僕は陰ながらその成長を見守ろうと思う。
 そして、巣立つ奏多の後姿を見送ることになったって、決して悔いたりはしないと誓う。

**

──……ン?

 真夜中、何者かによってチャイムが連打されている。かつての記憶が蘇って、でも奏多は死んでないぞと不審で扉を開ければ、普通に奏多がニコニコしながら立っていた。その背は見上げるほどに高くなり、そして僕らは恋人同士ではない。

 奏多は相変わらず僕の家に通い続けてはいるけど、すっかり本庄叶人の人生に馴染んでいた。それは21歳の精神と頭脳で7歳からやり直しているなんて思えないくらいで、中学生になるころには「エッチしたい」も言わなくなり、奏多と叶人は完全に重なってしまったようだった。

「やっぱりか……何時やと思っとんねん」
「0時10秒! ハッピーバースデー俺! 誕生会に来ました!」
「いや、早すぎやん。出直してこいや」

 確かに今日は奏多の誕生日だ。毎年僕の都合で遅れることあっても誕生会をやっていることは確かだ。とはいえ、日付が変わると同時に来るパターンは無かった。

 困惑する僕そっちのけででかい図体が抱きついてくる。相変わらず甘えん坊だなあと思いながらポンポン叩くその頭は、かつての奏多と同じ明るい茶色に染められていた。聞けば昨日やったばかりだと大きなつり目に見詰められた。まごう事なきイケメン。早くから奏多が乗り移ったからか、年齢そっちのけで魂を吟味したからか、叶人の奏多は元の奏多の面影を多分に宿し、魅力的な男に成長を遂げつつあった。

「……しゃあないなあ。腹減っとる?」
「ウン、ぺこぺこだよ」
「……ンー、ゆうても買い物もまだ……ン?」

 何や何や、押すなよ。
 
「おい、かなと」
「奏多!」

 どっちでもええから、そんな押すなって。

──……ン?

「何しとん。何で押し倒すんや」
「え、だって。お腹ペコペコだし、それに」

 奏多が自分自身を指して「18歳」と言った。

 当然知っとるよ。今日なったんやろ。でもチビッコからずっと見とるから、とてもそんな風には思えんけどな。

「うん、だから?」
「だから、エッチしようって」

 嘘だろう、と言った途端奏多も嘘だ、と言った。

「どういうこと……? トモが言ったんじゃん。俺が朝昼晩牛乳飲みまくって12歳にしてトモの身長追い越した時付き合ってって言ったら年齢が足りないって」
「ゆうたっけ」

 ゆうたよ! 

 叫んだ奏多は押しも押されぬ18歳。

 嘘!

 叫んだ僕は産業用ロボット(食品分野に強い)の企画製造販売に従事する32歳。
 とてもじゃないけどピチピチ男子の奏多の相手が出来るような人間じゃない。

「む、無理やで、今更感半端ないって。ただのオッサンやで」
「よく言う。俺がマジの別人のオッサンになった時でもトモは受け入れてくれたじゃないか。33歳になったってトモはトモ──アホバカなんちゃう?」

 じっと見降ろしてくる輝かしい未来を宿した瞳に僕が映っている。疲れ目と肩こりに悩みがちの僕が。
 
 無理だ。
 とても無理。
 だって11年だぞ?
 11年間、第二のお父さんだったんだぞ?
 
「誰がお父さんだよ。俺は精通したその日から夜な夜なトモの写メで抜いてた」
「えっ! キモ!」
「俺のあだ名知ってる? 奇跡の童貞」
「はっ! キモ!」

 あはは、と奏多が笑った。21年と11年を足しても変わらない笑顔で。

「もう、断る理由ないもんな──逃がさんでえ?」

 言いながら奏多は、手慣れた様子でちゅっと僕の耳たぶに口付けるけどちょっと待って。11年間僕の恋人は右手と奏多との思い出だけだった。いきなり生生しくされたって。

「絶対絶対無理やから……! 自慢じゃないけどこの二週間セルフプレイやってしとらんぐらい悟り開いとんじゃ……あ♡」

──しもた!  

「ンフフ、悟りどっか行ったね♡」

──バレた!

「ほら、俺もうこんな。触って♡」

──わわ、大人チンコになっててなんかショック!

「好き、トモ。ずっと俺と一緒にいて。ずっと俺専用の穴で居て♡」

──表現ヒド!

「ああトモ……やっとここまで戻って来れた。もう絶対離れたくない、合体したままでいたいよ」

──……奏多──。

 しゃぶろっか? って、ちゃうわアホ。
 オッサンの僕を抱くなら約束しろって言っとんや。
 
 二度と死んだりすんなって。
 それから──やり直しは、もうたくさんやって。
 

後日談・END
 

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